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◇ 乱月 ◇

 急に降り出した生暖かい雨をしのごうと身を寄せた廃屋の壁に寄り掛かり、ふと視界をよぎった雑草に手を伸ばした。  少しの力では容易に抜けないくらいにしっかりと根を張ったその草の、生きとし生ける力に心の奥がシクシクと痛むような心持ちが辛い。  重い心を引きずって荒天を仰げば、闇がざわめき風が頬を打つ―― 「遼玄! いや、ここでは【遼二】だったな。こんな所で何をしている。皆でお前を捜していたのだぞ」  聞き慣れた声にぼんやりと頭上を見上げれば、馴染みの男が一人、ひどく色めきたったような声でそんなことを口走っていた。  まるで放浪猫を慰めるかのように傍へ寄り、自らも隣りへと腰を下ろす。  そうされて尚、雑草を手にしたまま視線を合わせようともしないこちらの気配を気遣うように、男はやわらかに微笑み、もう一声を口にした。 「飯も食わないで出て行ったっきり戻らないから心配してたんだぞ? いくら夏とはいえそんな格好でじっとしていたら風邪をひく。おまけにこの雨模様だ」  悪いことは言わない、一緒に帰ろうとでもいうように機嫌を窺いながらそううながされ、そんな男の気遣いに心の奥底がほろ苦く震えるのを抑えられずに身を丸めた。  そしてひと言、内心とは裏腹の冷めた台詞が風に舞う。 「俺に構うな――」  そうだ、頼むから放っておいてくれ。  寂れた町の片隅で、それに似合いの寂れた生涯。  生きることの意味も気力も失ったままに、ただ罰として生を受け輪廻転生を繰り返すだけの延々。 「これは俺が受けた罰だ、お前らには関係ねえって何度もそう言ったろ?」  いい加減迷惑なんだ。付きまとわずにさっさと俺の前から消えてくれ――  さすがにそこまでは言葉に出せずに、だが男の方はそんなことも含めてすべてが分かっているというふうな調子で瞳をゆるめてみせた。 「お前さんこそしつこいよ。俺らは共にあってこそ何ぼの仲じゃないかい? お前の受けた罰なら俺らも同然さ。何度も同じこと言わせるんじゃないよ。それよりお前さんに朗報だ。【紫燕】の居場所が分かったんだよ」  その言葉に無気力だった瞳がカッと見開かれた。  指先に絡めたままの雑草が、恵みの雨を求めんとばかりに更に根強く天を仰ぐ――  夜の闇を遮って覆い隠すほどの荒れた曇天を突き破り、この草々のように強くたくましく生を営むことができるだろうか。  その昔、そうであったようにもう一度、希望を持ってこの生を全うすることができるだろうか。

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