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◇ 乾坤 ◇ 結

「不穏な動きと申すと?」 「どうやら以前に魔界に封印したはずの【駿鬼】が、何やらよからぬ動きをみせているようなのだ」 「駿鬼――というと例の青年か? あの……四凶獣に魂を売り渡して世界を破滅しようとした……」 「そうだ。その彼を討伐しようとして帝雀や遼玄、紫燕らあの五人が奮闘してくれたのだからな」  それは年月にして、もう遥か八百年もの昔のことだ。如何に時間の流れを忘れてしまいそうな神界であろうとも、確かに遠い昔と思える出来事だった。  そう、もともとはその駿鬼がこの世の災いとされる四凶獣に魂を売り渡し、この世界を潰すべく神界に挑んできたのがすべての始まりだった。  その際に身を賭して戦ったことで、紫燕が意識不明の重体となり、それがきっかけで遼玄があのような罪を犯す引き金となってしまったのだから。  その時、魔界に封印したはずの駿鬼が、今更何を企んでいるというのだ。赤龍は焦燥感をあらわにしながら、仲間の話に聞き入っていた。  詳細はこうだ。  帝雀らが四神の立場を捨てて、自ら下界へ下った経緯を耳伝いに聞いた駿鬼は、驚愕の思いに打ち震えた。  彼にしてみればそれも当然であろう。かつて、自らがあれ程望んでやまなかった神の立場を、あっさりと手中にし、そしてあっさりと放棄するなど信じ難いを通り越して、到底理解できない行動に他ならない。  だが、何よりも駿鬼を苛立たせたのは、彼らが仲間の幸せを願うが為に己のすべてを犠牲にできる間柄だということの方であった。  駿鬼には帝雀らのこの行為が、酷い偽善に思えて仕方なかったのである。だが今もなお、四凶獣の体内に封印されたままの身である自分には、何一つできることなど無いことも分かっていた。この封印が解けるまでにはあと二百年程も残っているのだ。それは、かつての遼玄に下された戒めの期間とほぼ同期でもあった。  千年間の封印が解け、再び神界に挑むその日だけを支えに耐え忍んできた彼にとっては、まさにこの後の身の振りようを揺るがす程の衝撃に違いはなかった。  四凶の体内に封印されるという屈辱を耐えても手に入れたかったのは、より強大な力のみだ。遼玄と紫燕らによって打ち砕かれた己の望みを手に入れ、あの時の雪辱を晴らし、そしてこの世界に君臨する。それだけを生き甲斐にしてこれまできたというのに。  そんな駿鬼にとってみれば、まるで肩すかしをくらったようでもあり、あるいは帝雀らの清らかに見える行動が、自らをより一層汚いものに例えてしまうようにも思えて、苛立ちはとめどなかった。  信じ難い屈辱、  理解し得ない絆、  偽善を装ったお前たちに、本物の醜さを見せてやろうではないか――  人など、誰しも同じだ。  誰しも愚かで醜い心を持て余した生き物に過ぎないのだ。  友情やら愛情やら、そんな絵空事のようなことを並べ連ねて善人面をまとったお前たちに本来の姿を見せつけてやる。  この世に尊い友情などあるものか――  この世に汚れ無き愛情など存在しないのだということを刻みつけてやりたい――  地上界でお前らが夢見るものすべてを壊してやる。  せいぜい互いに傷つけ合って、互いの大事なものを踏みにじり合うがいい――!  痛恨に満ちた駿鬼の激情が、四凶の魂を食い破り、魔界を揺るがす波動となって、地上界を目指していた。  もしもお前の信じていた友が、お前の一等大事な相手を穢したとしたら、それでもお前は平気な顔をしていられるか?  それでも仲間を信じ、仲間に感謝するなどと悠長なことをほざいてはいられないだろう。  それが人間なのだ。それが本来の姿なのだ。  どんなに友情を繕おうと、そんなものは目の前の些細な憎しみ如何によって、いくらでも醜いものへと変貌をとげる。  だからせいぜい憎しみ合うがいい。そして醜い争いを繰り返し、偽善で覆い尽くした仮面を剥がし合い、ののしり合うといい。  不老不死の立場を捨てて、かくも短い一度の生涯を選んだ偽善者共に、この上ない後悔と苦渋を与えてやろう―― ◇    ◇    ◇  駿鬼のねじれた恨みがどす黒い怨念となって、もうすぐ彼らを呑みこむだろう。  悪戯な運命に惑わされて尚、互いを信じ、互いを許し、そして互いの絆を深め合っていけるだろうか。 * *  帝雀、剛准、白啓、遼玄、紫燕、強くやさしくたくましい我が弟子たちよ――  例えばお前たちの身の上にどんなに酷な運命が降りかかってきたにせよ、それが自らの選んだ道である以上、最期の瞬間まで抗うことを諦めるな。そしてただただ己を信じ、互いを信じて突き進むがいい。  我らはいつでもお前たちを見守っている。  お前たちの行く末を、片時も忘れずに見守っていてやるから。  その命の尽きる、最期のその時に、これが自分たちの生き様なのだというものを堂々と我らに示せるよう、胸を張って生き抜くがいい―― * *  鏡面の中で揺れ始めたそれぞれの行く末を案じながら、赤龍ら神界五大神は、皆一様の思いで花吹雪の舞う下界に思いを馳せた。 - 結 - ーあとがきー 最後までご覧くださった方、たいへんありがとうございます。 この話は連載中の『番格恋事情』の外伝的な話です。『番格恋事情』では、最後に地上界で一度だけの生涯を希望した主人公たちのことを書いています。 【駿鬼】の怨念が掛けられた状態で話が進みますので、『番格~』の方では5人の仲間たちが傷付け合ったりしながら迷走していきますが、完結までには四神であった頃の彼らの絆を思い浮かべていただけるような話になるようにしたいと思っています。 番格の方は更新頻度がたいへん遅く、亀更新もいいところなのですが、ご興味を持っていただけましたらそちらの方も合わせまして覗いてやってくださると嬉しく思います。 ダークで惨い描写や悲しい描写も多い話でしたが、最後までお目を通してくださった方に心より感謝申し上げます。

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