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◇ 乾坤 ◇ 参

 頃は陽春、処は和の国、平成の時代――  工業地帯が立ち並ぶ港に面した下町の、春うららかな河川敷。賑やかしい笑い声と共に遊歩道を歩くのは、墨色の学生服をまとった高校生の一団だ。その中でもひと際楽しげに、薄桃色の花吹雪の中をじゃれ合いながら駆け抜ける二人の学生の笑顔があった。  少し先を行く一人が、後方を歩く友人らしき男に大声で何かを叫んでいる。 「おい紫月! 急がねえと遅刻だぜ!」  どうやら今日が新学期の始業式らしい。こんな日くらいは遅刻はナシだぜ、とでも言うように、先を歩く男が少々焦りながらしきりに手招きをしている。 「ああ、分かってるって――」  分かってるけど、こんなにも見事な花吹雪なんだ。ちょっとは楽しみながら歩いたってバチは当たらないだろうぜ?  そんな表情で、前を行く友を追い掛けた。 「待てよ剛! せっかくだから……」 「は――? せっかくだから何?」 「もうちょい……」  そう、もう少しこの桜花を楽しんでいこうぜ―― 「は、そんなことしてっとセンコーにドやされっぞ! 新学期早々何やってんだってなー」  眉間にしわを寄せてボヤきながらも、剛と呼ばれた男はクスッと笑って、相棒の肩に腕を回した。 「そういや知ってっか? 今学期から俺らのクラスに転入生が来るんだってよ? 確か明日とか言ってたな……」 「――マジ?」 「ああ、何でも海外から引っ越してくるみてえだぜ? センコー達が大騒ぎしてたもん。ひょっとして外人か、ハーフとかだったりして? だったらお前以上のイケメンかもな~? そしたら入学以来守り続けてきた『ここいら界隈で抱かれたい男ナンバーワン』っていうお前の座も明け渡す日が来たりして!」  まるでからかうようにそんなことを言ってよこす友に、紫月と呼ばれた方の男は、チィと軽く舌打ちをしてみせた。 「ンなの、どーだっていーよ。興味無えし! そんなことより始業式が終わったら【桃稜】との番格勝負とやらが待ってんだ。俺りゃー、そっちの方で頭いっぱいなの、今日は!」 「ああ、そうだったな?」  桃稜というのは、どうやら彼らの通う高校の隣接校のようだ。立地が近いせいもあってか、昔から犬猿の仲なのは既に伝統のようなものらしく、未だに顔を合わせば睨み合いの絶えない始末だ。 「まあ、(アタマ)張っちまった以上、仕方ねえだろ? なんせお前は今年のトップ、ちっとレトロな言い方をすりゃ『番長』ってことだもんな~?」 「は――そんなん勝手にてめえらが押し付けてきただけじゃん」 「仕方ねっだろ? 喧嘩やらせりゃ、お前が一番強えんだから。それより桃稜の方は今年の番格って誰よ? やっぱ氷川って奴か?」 「十中八九間違い無えだろ? 氷川白夜――あいつで決まりだろ?」 「そういや、仲裁役を務めるとかっていってた白帝学園の代表も来んのかな?」 「来るだろ? 白帝の(アタマ)は……今年は確か、粟津帝斗とかいう財閥のお坊ちゃんだ」 「あー、知ってる! 粟津財閥っつったら、ここらじゃ有名だもんな! ところでその勝負って何時から?」 「んー、多分午後の三時かそこら」  頭上の桜を見上げながら、そんな会話が延々と続く。  かつて、自らがこの世を治める神々の下で【四神】と呼ばれていたことなど、今の彼らは微塵も知らない。  黄龍の慈悲によって帝雀らが地上界に転生してから、十数年が経とうとしていた。 ◇    ◇    ◇ 「地上ではもうあれから十八年も経つのか。早いものだな? 今や彼らもハイテク時代に生きる高校生か。相変わらずやんちゃ坊主なことで……今日もこれから喧嘩だなどと騒いでおるわ」  下界を見下ろす天の鏡面を囲みながら、神界を治める神々の一人である赤龍が、感慨深げにそんなことをつぶやいた。  かつての愛弟子だった帝雀らが此処を去ってからというもの、ずっとその動向を気に掛けてきたのだ。  神界とは時間の長さも異なる地上界にて、これまでの記憶を一切サラに戻された彼らが、どのようにして出会い、どのような生き様を連ねるのか、ずっとずっと気に掛けていた。  下界の桜花に通ずるような、物憂げな溜息をついてみせる赤龍を目の前に、季節の茶をすすりながらその話相手を努めていた蒼龍と白龍が、こそっと彼女に耳打ちをした。 「そういえば魔界の方でも、このところ少し不穏な動きがあってな」  蒼龍らの言葉に、赤龍は怪訝そうに眉をしかめて見せた。

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