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第5話 山田オッサン編【5-1】
山田からのLINEが来たのは金曜の夜、とっくに日付も変わった午前2時前だった。
つまり正確には土曜の午前。
『おれんちよりおまえのほーがひろいにさーなんでおまえらまだおれとこあつまんの? おま』
ひらがなだらけの上に脱字まである謎のメッセージは、しかも途中で終わっていた。
佐藤はそれから数分待って、山田に電話をかけた。
10回コールを聞いて切る。
次に20回聞いて切る。
最後に30回コールするまでテレビを眺めてから、佐藤は電話を切って部屋を出た。
外に出るとほどなく、マンションの向かいの児童公園でベンチに転がるホームレスを発見した。
ホームレスにしか見えないヨレヨレの山田は、無防備にヨダレを垂らして鼾をかいていた。
やたら酒くさい。上着とネクタイはなく、鞄も見あたらない。ベンチの下の地面には、煙草のパッケージとライターといろんな長さの吸殻4本、それからスマホが落ちている。
2つめまで開いてる上に段違いに掛かったシャツのボタンを眺め、鞄はないのによくスマホは持ってたもんだと感心した。
佐藤はパッケージとライターを拾って1本抜き、火を点けて煙を吐いた。
それから山田の唇の端のヨダレをしばし眺め、指を伸ばしてそれを拭った。
「おい」
深夜だから一応声をひそめて呼びかけるも、起きる気配は一向にない。
佐藤は煙を吐いて灰を落とし、思った。このまま捨てて行くか。
が、思った途端、
「あれ? さとー?」
山田が目を開けた。
「なにやってんの?」
寝たフリしてたんじゃねぇだろうなコイツ。
だとしても、捨てて行かれそうになって起きたんならテレパシストだ。
「それは俺のセリフだ」
「いてて、首がいてぇ」
「だろうな」
「で、ここどこ?」
とにかく連れて帰ることにした。
煙草とスマホは佐藤が持ち、四苦八苦して山田を歩かせた。放っておくと横方向に逸れていくから、仕方なく手も引いてやった。
酔っ払いの手のひらは汗ばむくらいに熱い。
部屋に入ると、まず山田を裸に剥いて風呂に放り込んだ。
出てくるのを待つ間、佐藤はダイニングに置いたソファでバカバカしい深夜番組を観ながら缶ビールを2本干した。
「あー、酔いさめた」
佐藤の部屋着姿でようやく現れた山田のツラは、ちっとも醒めてるように見えなかったが、公園で発見したときよりはマシだった。
「お前んちのフロ、俺んちより広くていいよなぁ」
「毎日入りに来てもいいぜ」
「カネくれたら来てやってもいいけど」
言って床にペタリと座り込む。
山田がここに来るのは、引っ越し当日の手伝い以来だ。
「しかし長ぇ風呂だったな」
「寝てた」
「はぁ? シャワーだけだろ? どうやって寝るんだよ」
「途中で眠くなったからバスタブに入ったんだよな、ちょっと寝ようと思って? そしたらさぁ、目が覚めたら顔にシャワーがかかっててさぁ、カラのバスタブで溺れ死にそーになったぜ」
「器用なやつだな」
「テクニシャン山田と呼んでいいぞ」
「いまの話はテクニック関係なくねぇか」
「あ、俺もビール飲む」
「そんだけ酔っ払っててまだ飲むのかよ」
「酔っ払ってねーし俺」
酔っ払いのタワゴトは聞き流し、缶ビールを出してやった。
「で、お前、さっきのLINEは何だったんだ?」
「なんの話?」
怪訝そうな目が返る。
記憶にないようだから、ひらがなだらけの上に脱字まである謎のメッセージを見せてやった。
「やべー、なにコレ知らねー、なにコレ幼稚園児? オレじゃねーし」
「じゃあお前と同レベルの知能の誰かが、お前のスマホから送ってきたってのかよ?」
「俺のIQいくつか知ってんの?」
「知りたくもねぇよ」
「てか佐藤お前、コレ見て俺を探しにきたわけ?」
「しょうがねぇじゃん」
「お前スゲーな、なんでコレで俺がこのへんにいるってわかったんだ?」
「お前が電波飛ばしてきたからだろ」
「俺たち、ついにテレパシストになったんだな」
「──」
やっぱりテレパシストか、コイツ。
「ついにって、俺は目指してねぇけど」
「お前の友だちリスト、オンナばっかだな」
「なに見てんだ返せ」
奪い返して山田から遠いところに置く。
「あれ、俺の次郎は?」
山田はスマホを次郎と名付けていた。
山田次郎を渡してやると、山田一太郎はちょっとだけいじって画面を眺め、すぐに床に伏せた。
そのさりげない手つきを、佐藤は黙って目で追った。
「そーいやお前、鞄なかったぜ」
「俺の高級バッグ?」
「駅構内の出店で買った安物だろうが」
「中身が高級なんだよ、何しろオレの荷物だからな」
「そもそも中身入ってんのかよ。てかお前、どこで飲んでたんだか知らねぇけどよくスマホとタバコだけで帰ってきたな」
「だって歩きだし。むしろ荷物ねぇほうが軽くてよかったんじゃねーの」
「歩いたぁ?」
「だって終電過ぎてたし……ん? あれ? あったのかも電車? わかんねぇ、まぁいいや。とにかく電車ねぇと思ってたから歩いて、そんでこんな時間になったんじゃん?」
他人事のように言った山田はしかし、スタート地点がどこなのかは言わなかったし、佐藤も訊かなかった。
かわりに言った。
「よく迷子になんなかったな」
「だって次郎が連れてきてくれたもんね。次郎は優秀なコなんだぜ」
「あぁそーかよ、お前に似なくて何よりだな」
「うんまぁ、俺ほど優秀じゃねぇとこが残念だけどな」
「で、荷物はどこにあるかわかってんのかよ?」
「あ? うんまぁ」
山田は目を宙に泳がせ、たぶん、と呟いた。
佐藤は山田の煙草を抜いた。
「てかそれ、俺のタバコじゃねぇ?」
「だったら何だよ」
「自分のオモチャ吸えよ」
紙巻派の山田は電子タバコ全般をオモチャ呼ばわりしていた。
「充電中」
「めんどくせぇオモチャだな」
山田は鼻で嗤って1本咥え、佐藤は缶ビールを取りに立った。
「お前さぁ、狭い部屋に集合されんのがイヤだったらこっちに来りゃいいじゃん?」
「何しに?」
「何しにっつーか、お前んちに集まったって別に何もしてねぇだろ俺ら」
「何するわけでもねーのにわざわざ家出んのめんどくせーし、それに自分ちが好きなの俺。家につく生き物だから」
「猫かお前は」
佐藤は缶に口をつけた。
「だったらここを自分ちにすりゃいいじゃねぇか」
「やだね」
「首に鈴もつけてやるから」
「猫かオレは。ペットが欲しけりゃデッカいオッパイついてる猫でも飼えよ」
「まだ怒ってんのかよ、ナルミのこと」
「は? 誰? お前が連れ込んでたアレ? 俺が怒るとか意味がわかんねぇし、そんな過去のコトもう記憶にねぇし、だいたいなんでソレが出てくんだよ? まぁたしかに巨乳だったみてぇだけど、あのオンナ。あ、チラッと見たくらいだけどなオレは。でもチラ見でデケェって思ったんだからマジ、デケェんだろ? お前は乳のデカさでオンナを選ぶようやヤツじゃねぇと思ってたのによー、ガッカリだぜ佐藤」
「しっかり記憶してんじゃねぇか」
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