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第8話 山田オッサン編【7】
佐藤と山田と鈴木が昼メシから戻ったとき、ちょうど田中と嫁コンビに出くわした。
「あ、おつかれさまです」
にこやかに挨拶を寄越した嫁のユリアは、ぼちぼち産休に入るらしい。
親父さんの夢叶い、元ネタのキャラ似に育った彼女はシュッとした長身の才色兼備、一途で控えめ、それでいて信念を曲げない強さまで装備してる。べつの言い方をすれば、少々思い込みが激しい。
まぁともかく、田中とふたり並んで立っていれば傍目には理想の夫婦だった。
「大きくなってきたねぇ」
鈴木がユリアの腹を見て言い、
「田中ジュニアが入ってんだもんなぁ」
しみじみと山田も言い、
「どこでメシ食ってきたんだ?」
田中が佐藤に訊いた。
佐藤が馴染みの定食屋を答え、あー俺最近行ってねぇなぁと田中がボヤくと、そんな夫に妻が笑顔を向けた。
「私が産休に入ったら、また一緒に行けるでしょ」
「てか、たまには2人も一緒に来りゃいいじゃねぇか。なぁ田中」
「あのな佐藤、お前らのバカ話に付き合ってたらメシ食えねぇだろコイツが」
コイツってのは嫁のことだ。
「優しいですねぇ田中さん」
と鈴木。
「じゃあ俺ら一服してくからまたな」
これは山田。
「あ、俺もちょっと行ってくる」
嫁に言った亭主は、牽制するような目を向けられて苦笑した。
「わかってるよ、吸わねぇから」
で、4人揃って廊下の奥へとゾロゾロ歩いた。
昔はちょっとした仕切りだけで設けられていた喫煙スペースは、いまでは人目に触れないフロアの隅っこで完全に隔離されたブースとなっている。
ただし、なぜかすごくスタイリッシュで高機能な喫煙ルームだ。
一時は廃止案まで持ち上がった喫煙所が存続することになり、しかもやたらカネのかかった設備が導入された背景には、どうやらお偉方の覚えがめでたいヘビースモーカー社員のクレームが関係してるらしい……と、まことしやかに囁かれている。
しかし佐藤や田中や鈴木は知っていた。なぜか時折お偉方の会議に呼ばれる山田が、喫煙所廃止に関する意見を求められて大暴れしたという事実を。
なぜなら、会議室の前を通りかかった鈴木が山田の声を聞いたからだ。
が、当の本人は自分がこんなものを作らせたと思ってるふうもない。
「山田、煙草くれよ」
「え、いいのかよ。ヨメに怒られんぜ?」
「ヘーキだって」
山田から1本もらうと、田中はじつに感慨深げに火を点けた。
「あー、マジ久しぶり」
愛おしそうに一服する田中の隣で、鈴木が首を振りつつ肩を竦める。
「オレだったら耐えられませんね」
「禁煙もまぁ、やってやれないことはねぇけどなぁ」
「禁煙以外もですよ」
言った鈴木を3人が見た。
「あぁいや、だって田中さん、北斗の拳マニアのお義父さんに筋トレを強要されてるらしいじゃないですか。俺死んでも無理っす」
「マジ? 田中」
「俺だってやんねぇけど、てかなんでンなこと知ってんだ鈴木」
「俺の情報網を侮ってもらっちゃ困りますよ」
「てか、そんなトーチャンがよくお前との結婚許したよなぁ。全然ケンシロウじゃねぇのによー」
「娘には甘いからな」
田中は短く言い、惜しむように煙を吐いて呟いた。
「やっぱやめらんねぇな」
「戻ってこいよ田中」
心から同情する山田の声。
「せっかくこんなイケてる喫煙所ができたってのによォ、使わねぇなんてありえねーだろ」
「まぁでも、コドモ産まれんじゃしょうがねぇよなぁ田中」
「田中も佐藤みてぇにオモチャの煙草にしたらいいじゃん?」
「オモチャじゃねぇし、せっかく掴んだ田中のシアワセをぶっ壊すような悪魔の囁きはやめとけよ山田」
な、と佐藤が山田の脳天に手のひらを載せる。
その手を田中がチラリと見て、3人の先輩たちを鈴木の目が舐めた。
「まぁとにかく、結婚生活なんか嫁さんの尻に敷かれてやってりゃうまくいくんだからよ田中」
「ずいぶん知ったふうじゃねぇか佐藤?」
田中と佐藤が目を見交わしたとき、山田がブースの入口を見た。
「いたいた山田さぁん」
山田以外の3人も一斉に入口を見た。
「午後のアポ、もう行かないと遅れちゃいますよーう」
甘ったれた声で呼びにきたのは、今年の春から山田の下に付いた後輩、本田だ。
まるで乙女ゲームから抜け出してきたかのような華奢なイケメンで、敢えて表現するなら、ちょっぴり頼りなくちょっぴりツンデレの甘え上手な年下キャラ。耳にはピアスの穴。
あー悪ィ悪ィもうそんな時間かぁ、と山田が煙草を消す。
そのとき初めて3人の先輩に気づいたようなツラで、後輩本田は屈託のない笑顔を見せた。
「山田さん、もらっていきますねー」
「あぁどうぞ」
「熨斗つけてやるよ」
「いってらっしゃい」
田中と佐藤と鈴木の返事はロクに聞こえてない様子で、本田は山田を風のように攫っていった。
「たしか佐藤さんの弟くんと同い年ですよね、彼」
「そうだっけ。だったら何だ?」
「会わせてみたいなぁ」
言った鈴木の唇の端の笑みを見て、先輩2人は訝しげな目を交わした。
「何かホンダに含むところでもあんのかよ? スズキ」
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