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第9話 山田オッサン編【8】
「イチさん、チーカマ取ってくんねぇ?」
佐藤弟に言われて山田が取ってやるのを眺め、佐藤兄が目を眇めた。
「お前それ自分で取れんじゃねぇ?」
「甘ったれてぇ年頃なんだよ」
弟は兄を見ずにチーカマの皮を剥く。
最近しょっちゅう田中の嫁が実家に帰るため、しょっちゅう集まって飲む機会があった。
ちなみに今夜の会場は佐藤のマンション。
「てか田中っち、ヨメと一緒に実家行かなくて向こうのオヤに何か言われたりしねぇの?」
煙草を咥えながら弟が訊いた。
「いいんだよ、行ったってお互い気ィ遣うだけだしな」
「ふーん、めんどくせぇなぁ。俺ぜってー結婚しねぇ。あ、間違えた。ぜってーイチさん以外とは結婚しねー」
「じゃあ生涯独身だな」
「兄貴もな」
「どういう意味だよ?」
「そーいう意味だよ」
「おやおや兄弟喧嘩っすか」
「何その、おやおやって。オッサンかよ鈴木」
「俺らもうオッサンだろ山田、お前歯にイカが挟まってるぜ」
「あ、やっぱり?」
割り箸の袋から爪楊枝を出す山田。
「てか、お前はオッサンを自覚して年貢を納めたのかもしんねぇけどな田中、俺はまだ収穫もしてねぇんだよ。収穫どころか耕してもいねぇ処女地なんだよ」
何故か誰も反応しなかった。
数秒後、あぁ、とようやく鈴木が漏らした。
「山田さんは案外、結婚に夢を持ってますもんねぇ」
「は? 持ってねぇよ」
「え、イチさん結婚願望あんの?」
「ねぇっつーの」
「こないだ言ってた鍵の話……」
鈴木が煙を吐いて続ける。
「なかなか可愛いなぁって思いましたよ?」
「何がだよ?」
「結婚してもいいって思うくらいの相手にしか、部屋の鍵は渡さないってやつ?」
佐藤兄弟と田中が、それぞれ山田を見た。
「はぁ? 言ってねーし、ンなこと」
「イチさん」
佐藤弟が真顔になる。
「もっかい訊くけど結婚願望あんの?」
「ねぇし、だから言ってねーし」
山田が爪楊枝で歯の隙間をほじる。
「あったとしても、まだ処女地なんだろ」
田中の声。
「おー、お前と違ってツルピカのな」
「不毛地帯か、可哀想に」
その傍らで佐藤兄は缶ビールを傾け、無言で鈴木に目をくれた。
「まぁ山田さんベロベロでしたからねぇ。でもたしかに言いましたよ? あんとき、山田さんのせいで俺の彼女が怒って出てったじゃないですか?」
「鈴木お前またカノジョを山田に会わせたのかよ」
「避けては通れない道ですから」
「意味わかんねぇ、山田は保護者かお前の」
「イチさん、何やって怒らせたんだよ?」
「それがさぁ」
そこで一旦横道に逸れて、ひとしきりメンズブラネタで盛り上がり、戻る。
「で、これで別れることになるなら今、鍵返してもらえば良かったって俺が言ったら、自分はコイツと一緒になってもいいってくらいの相手じゃないと鍵は渡さねーよって、バカにしたように言ったんスよ。山田さんが」
「バカにしたようにな」
田中が笑い、
「イチさん可愛いじゃん」
弟が呟き、
「覚えてねぇなぁ」
山田がビールをグビグビ呷った。
「てか鈴木、お前は次々オンナ作ってホイホイ鍵も渡すわりに全然結婚しそうにねぇな」
「俺、結婚は人生の墓場だと思ってますから」
「おいおい結婚したヤツいんだから、ちったぁ気ィ遣えよ」
「俺も墓場だと思ってんぜ?」
言った既婚者を未婚者たちが見た。
「いまのは聞かなかったことにしといてやる」
「次々オンナ作るといえば、弟もそうじゃねぇ?」
周りの反応は意に介さず、田中が弟を指差す。
「案外そろそろこっち側に来たりしてな。いまのカノジョ、結構続いてんだろ?」
「別れた」
灰皿に灰を落としながら弟が低く漏らした。
その妙に据わった目だけが一瞬流れて山田を舐めるのを見たのは、鈴木ひとり。
「え、マジで?」
「マジで」
「なんで?」
「なんだっていーじゃん、とにかくだから田中っちの仲間にはなんねぇの。カノジョいてもなんねぇけど。俺にはイチさんいるし」
「年下すぎんじゃねぇのか?」
「イチさんとタメだからっていい気になんなよ兄貴」
「なってねぇし、意味わかんねぇ」
「お前ら、言っとくけど俺はロリ顔の巨乳としか結婚しねぇんだからな」
「どんな願望だよ」
「お前こないだ、乳のデカさでオンナは選ばねぇって言ったじゃねーか山田」
「言ってねーよ。お前が乳のデカさでオンナを選ぶよーなヤツだとは思ってなかったつったんだよ佐藤」
「俺はNGでお前ならいいのか」
「年下はダメなのかよイチさん」
「だから年下とかカンケーねぇっつーの、俺はロリ顔の巨乳以外受け付けねーの」
「ですよねぇ山田さん。弟くんって年齢のわりに結構ちゃんともうオトナだし」
「えーマジ? さすが鈴リン、見る目あるぅ」
「だっていま山田さんにくっついてるヤツなんか、弟くんとタメなのに全然コドモだし」
ね、山田さん。鈴木が言って、ベビースターラーメン柿の種ミックス4連パックの小袋をバリッと開ける。
佐藤弟が、山田を掬い上げるように見た。
「……イチさんにくっついてるタメって何?」
「は? 後輩だよ後輩、つーより部下的な? てか鈴木お前、ハナシをややこしくすんじゃねー、カンケーねぇだろうがホンダは」
「ふーん、ホンダっていうんだ」
「安心しろ弟、本田は山田大好きだけどお前みたいにガツガツしてねぇから」
「田中も余計なこと言うんじゃねぇ」
「どんなヤツ?」
「乙ゲーの王子さまみたいな細っこいイケメンで、山田に甘えまくってやがんぜ」
「佐藤も以下略!」
「なんでそんなに弟の顔色を窺うんだよ?」
「窺ってねぇし!」
「兄貴まで弟って呼んでんじゃねーよ!」
「でもあの甘ったれは羊の皮を被ってるだけかもしんないっすよ?」
「わかった、もーわかった! 本田の皮は俺が剥いてやりゃいいんだろ!」
「剥かなくていい」
佐藤兄弟と田中が、全く同時にハモった。
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