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第27話 山田オッサン編【22-2】
「ジジイが見張ってんだよ俺を、昔からな。もちろん本人がじゃねぇし、俺が嫌がるの知ってっから直接連絡寄越したりはしねぇけど」
「まさか四六時中見張られてんのか? この部屋、盗聴とか盗撮とかされてねぇだろうな」
「身内を見張るためだけにンな違法行為やんねーよ。てかジジイもアレでオレの信用なくすのは嫌みてぇだし」
俺はハナから信用なんかしてねぇけどな。山田は言って、続けた。
「それに、そこまでやってたら最初っから紫櫻の居所も知れてるっつーの。俺の周りが普通に知り得るよーな情報なら、どこからともなくジジイに伝わってるって程度だから心配すんな」
「なんの心配だよ」
「お前が俺にしてきた数々の強制ワイセツ行為なら漏れてねぇから」
「強制してねぇ、合意だろ?」
「はぁ? ナニ言っちゃってんの?」
「毎回あんだけ欲しがって泣いておねだりするクセに、よく言うぜ」
「してねーし、ンなコト!」
「どこからともなく伝わるって、どこからだよ」
「しらねーよ、ンなコト」
「気持ち悪くねぇのか?」
「慣れたし」
放り出すように言って煙草を消す山田。
「でも、なんでお前と仲悪ィ経産省がわざわざ出てくんだよ?」
山田の動きが止まった。
短い沈黙。
しかしすぐに、さぁなと答えが返る。次いで、紫櫻には言うなよメンドクセェから、とも。その口調はいつもどおりだし、覇気のない表情も普段と変わらなかった。が。
それでもだ。
無言で目の前の友人を眺め、佐藤は思った。このツラは見たことがねぇ。
山田の核の部分を覆ってる膜のような壁のようなモノが剥き出しになった、そんな感じだった。
本田が言うには、熊埜御堂某は絵に描いたようなエリート官僚タイプのメガネ君。しかしディテールを聞いて想像できるイメージは、どうやら妹と酷似している。
冷たく整った面差し、毅然と背筋を伸ばして立つ長身痩躯、感情のこもらない声の色。
──気に入らねぇ。
スカートの膝を握りしめる紫櫻の指。ずっと頭のなかに居座り続けてるアレは、一体何なんだ。
妹がいまだ怒りに震えるほどの何をしたんだ、ソイツは?
どうしようもない胸クソ悪さが全身に伝播し、衝動的に山田の顔面を掴んでいた。
「イッテ、なんだよ!?」
有無を言わせずベッドに押し付ける。片手で覆ってしまえるほど顔が小さいことに今さら気づく。山田が手のひらに噛みついたが構わず、指先に力を込めて爪を立てた。
この皮膚の下を見たい。そこにあるはずの本当の顔を。
イテェって佐藤ナニやってんだっ!もがく山田の顔を掴んだまま、耳元に唇を寄せた。
「お前のそのツラの皮を剥がしてぇんだよ、山田」
大声で叫びたい気持ちとは裏腹に、低く抑えた声しか出なかった。
手のひらから解放された山田が喚いた。
「剥がれねぇから! てか事件だからソレ、オマワリ呼ぶから!」
「呼べよ」
「てか佐藤お前、最近ンな危ねぇコトばっか言いやがって、お前最近おかしーぞ!」
俺の背景とやらを知ったからじゃねぇのかよ、だから知られたくなかったんだよ……舌打ちした山田が息を吐く。
佐藤を睨みつける目が濡れてるのは、その目元がほんのり染まってるのは、顔を掴まれていた息苦しさか、爪を立てられた痛みか、それとも別の何かか。
「ンなのカンケーねぇじゃん、そんなモンほっといて、俺だけを見てりゃいいだろ……!?」
その瞬間、背後から不意打ちを喰らったような衝撃を覚え、佐藤は瞬きを忘れて山田を見つめた。
何を言ってるかわかってんのか? コイツ──
さっきまでのイラ立ちが霧散しているのを無意識に感じ取った。これはきっと、一時的なものには違いない。が、しかし、でも。
やべぇ、いまの──萌えた。
まるで、むしゃぶりつくって言葉の見本みたいに、性急で乱暴な行為に及んだ。
お前結局何しに来たんだよ!? 山田は涙混じりに喚いたかと思うと、次の瞬間には甘ったるく鳴いて全身を強張らせる。
伏せた睫毛にまとわりつく滴。その奥にチラリと覗く熱っぽい瞳。
ついさっき皮を剥がしたいと熱望したツラの滴るようなエロさにゾクゾクした。
昔から燻り続ける謎。こんなにも平凡極まりないクセに、こんなにも色艶に塗れた表情を見せるのは一体どういうメカニズムなのか。
「さと……ぉっ」
上着を脱いだだけのワイシャツの袖に、山田の指が縋る。
その山田が唯一身に着けてるTシャツは鎖骨の辺りまで捲られてほとんど意味はない。脱がせるときに一瞬でも顔を隠すのが気に入らないから、下だけ剥ぎ取って突っ込んだ。
見えなくなったその隙に、もしも自分が渇望してる何かがそこに現れたら。
バカバカしい考えだとわかってる。が、それでもずっと目を据えていたかった。
佐藤……! と、山田がまた切羽詰まった声を上げる。
もっと呼べ。それ以外の言葉を喋れなくなればいい。
「山田」
「ん、はっ……なに」
「俺を見ろ」
顎を掴んで囁くと、山田が濡れた睫毛を震わせてこちらを見上げた。
黒目に映り込む己の姿。そこにソイツを貼りつけたまま眼球を抉り出したい欲求に駆られる。
その目で一生、俺だけを見てろ──
ドアホンが鳴って、2人は目を合わせたまま動きを止めた。
「──」
「──」
息を潜めていると、また一発。宅配便か?
「──」
「──」
すると今度は外国人がやるようなせわしないノックの音がして、最後は鍵を開ける音に続いて声が飛んできた。
「おにーちゃーん? いるんでしょー?」
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