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第29話 山田オッサン編【23-1】

 つい先日、田中ジュニアが無事この世に誕生した。  で、ヨメの入院がせっかく週末を挟むということで、土曜の夜にパーッと祝杯を挙げる運びとなった。  翌日は田中が朝から病院に行くため、やりすぎないように佐藤んちとかじゃなく居酒屋。山田妹も誘ったが、次郎を預ける先がないからと今回は欠席。  そのかわり珍しいゲストがいた。目下、山田が世話役を務める本田修一郎だ。  喫煙ルームでの相談中にいつもの如く呼びに現れた後輩は、山田によってメンバーに引きずり込まれた。 「え、でもお邪魔じゃないですか?」  本田は一応、田中に訊いた。 「山田に逆らう気が起きるヤツがこの中にいるか?」 「いませんね」 「お前だけは除外だ鈴木」  そんなわけで当日やってきた乙女ゲームの王子様は、フツーにBEAMSのTシャツにスキニーチノなんか履いて、長めの毛先がサラリと落ちかかる耳たぶには、ちゃんとピアスを刺してきた。右に赤くて丸いガラス玉ひとつ、左には銀色の小ぶりなフープをふたつ。  お前のアナはフシ穴か? じゃなきゃ刺してこい! というワケのわからない山田リクエストを了解したらしい。  そのときそばにいた鈴木の「山田さんのアナにも刺して行ったらどうですか?」という呟きは、誰に向けたものだかは不明だったが聞こえていたのは佐藤だけだった。  閑話休題。 「んで名前は決まったのかよ?」  乾杯のあと、ジョッキに口をつけながら佐藤が訊いた。 「あぁ、まぁな」 「やっとか。で、なんて名前だよ?」 「イチロウ」  田中本人と鈴木以外がビールを噴き出した。 「冗談だよな?」  佐藤兄が訊いた。いや? と田中。 「イチさんのパクリっぽい!」  佐藤弟が非難した。そうか? と田中。 「田中イチローって、なんか鈴木イチローみたいなノリですねえ」  王子が感心した。たしかになぁ、と田中。 「俺と結婚したら鈴木イチローっすね」  鈴木が何かを心得たように頷いた。 「なんでお前と結婚すんだよ、いろいろおかしいだろ」 「ロウの字はどっちスか?」 「朗らかじゃねぇほう」 「つまり、山田さんの郎っすね」  田中の横で煙草に火を点けていた山田が、チラリと隣に目を遣った。  田中は山田のほうは見ず、まぁなと鈴木に答えながらテーブルの上のパッケージに手を伸ばした。 「そっちは俺の」  山田が短く言った。同じパッケージがふたつ、間近に並んでいる。  あぁ悪ィ……と田中が呟いて、もう一方の箱を引き寄せた。  その手に目を遣った佐藤が訊いた。 「お前、禁煙はどこいったんだよ田中?」 「今日が最後」 「結局そうやってダラダラやめらんねぇんだよな」 「いやマジで今日やめるぜ?」 「また口だけじゃねぇのか? やめるやめる言いつつ、いつまでも未練がましく引きずりやがって」  佐藤と田中の目がぶつかり、田中の隣で山田が卵焼きを口に放り込んだ。 「そーいやイチさんと田中っちってさぁ、ずーっとお揃いの煙草吸ってるよねー」  佐藤弟が思い出を振り返るような声を上げた。 「まぁな、一途だから」  田中が言って煙草を咥え、佐藤兄の目が山田を掠め、本田が口を開いた。 「奥さん幸せですねえ」  だよねー、修ちゃん。と佐藤弟。 「修ちゃんだあ?」 「いつのまに仲良しになってんだよ?」 「いま」 「どういう心境の変化だよ?」 「僕、嫌われてたんですか?」 「人聞きの悪ぃコト言うのやめてくんねぇ? 俺はイチさんが好きなものは好きになるようにしてんの」 「何だ、その心がけ?」 「じゃあ俺のことも好きなんだよね」 「イチさーん、鈴リンのコト好き?」 「別に」 「じゃあ、おーれも」 「そもそも本田のことは好きなんスか? 山田さん」 「お前よりは好き」 「じゃあ、おーれも」 「自分というモノはないの、弟くん」 「他人を駒としか見てねぇと寂しい人生になるな、鈴木」 「んー、まぁでも問題ないっす」 「何が」 「たかが数個の駒が手のひらから転がり落ちたところでね、地球上にどれだけの駒が存在すると思ってんスか?」 「お前の腹黒さは世界規模かよ」 「あ、じゃあ山田さん、佐藤さんは好きっすか?」 「は? 別に」 「鈴リン、そこはイチさんがどう言おうが好きになんねぇぜ? オレ」 「佐藤さんは山田さん好きっすか?」 「お前は何なんだ鈴木、小学生か」 「じゃあ田中さんは?」 「俺は山田好きだぜ?」  田中が言って、手のひらで山田の髪を撫でた。  何かを言いかけて口を開いた佐藤兄より早く、弟がガタッと立ち上がって指を突きつけた。 「田中っち、やらしー手つきでイチさんに触んのやめてくんねぇ!」 「コレのどこがやらしーんだよ?」 「あっコラほっぺとか触んな! イチさんも黙って触らせてんなよ!」 「俺、ひと撫で1万だから今夜は大儲けだぜ」 「どこ撫でても1万っすか?」 「メニュー表作っとく」

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