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第1話 砂浜にて

 砂浜に少年と少女がいた。  この砂浜には彼ら以外には誰もおらず、ただ、波の音だけが聞こえていた。  少女は横たわり、頭を少年の膝の上に預けている。  少女の足は裸足だった。  少女の履いていた靴は波打ち際に揃えて置いてある。  少女は、着ているワンピースの腰から下が海の水で濡れていた。  少女は服を着たまま海の中へと入ったのだ。  もっと遠くへ。  もっと遠くへ。  少女の足は沖を目指して進んだ。  もっと遠くへ。  ここじゃない遠くへ。  少女が足を進めようとすると、不意に少女の手が掴まれた。  少女はハッとして後ろを振り返る。  そこには随分と整った顔をした少年がいた。 「間に合った」  少年が言う。 「離して」  少女は少年の手から逃れようとする。  しかし、少年はそれを許さなかった。  少年は少女の手をしっかりと掴んでいた。  少年が少女を引き寄せる。  少女は少年の腕の中だ。    少年は少女の耳に何事かを囁く。  それを聞いた少女は大人しくなり、少年と共に浜に上がった。  今、少女はとても落ち着いた気持ちで少年の膝に頭を預けている。  少女の顔に影が落ちる。  少年が少女に口づけをする。  少女はうっとりした顔でそれを受け入れる。  しばらく口づけると、少年は顔を上げた。 「教えて、あなたの名前は何ていうの?」  少女が小さい声で訊く。 「紀伊(きい)」  少年が答える。  少女は微笑む。  その笑顔とは裏腹に少女の顔から生気が抜けてゆく。  少女はゆっくりと目を閉じた。  呼吸をするのを止めて。  心臓を動かすのを止めて。  生きる為の何もかもを止めて。  少女は死んだのだ。 「ごめんね」  少年はそっとそう言う。  少年は立ち上がる。 「仕事は済みましたか、輝伊」  少年の後ろから声がする。 「はい、マスター」  そう言って少年が振り返ると漆黒のマントに身を隠した長身の男が、少年とそう遠くない所に立っていた。 「では、行きましょう」  そう言うと、男はマントを翻した。  男の姿が忽然と消える。    少年は、足元で横たわっている少女に目を向ける。 「この街で、後五人」  そう呟くと、少年は砂浜を後にした。

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