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第三章 愛デ寵シム

『和真、こっちにいらっしゃい』 『こら和真、よそ見してたら危ないぞ』  時折、遠い昔の夢を見る。  それは、和真が最も幸せだった頃の記憶。両親と三人で過ごしていた幼少時代、和真は自分を守る存在に心から安心し、いつも笑って過ごしていた。  幸せな家庭だったと思う。  なぜなら、和真には父母の笑顔だけしか思い出せない。  しかし、のどかな田園と自然に恵まれた故郷(ふるさと)は、ある日突然和真の前から姿を消した。  ちょうど六歳を迎えた日、大雨の中、和真は両親を二人同時に失ったのだ。  時は流れ、当時を思い出す頻度は減ったが、もう家に帰れないのだと理解した時の絶望は、血の気が引いて眩暈(めまい)がするほどに辛く淋しく悲しいものだった。 【第三章 愛デ寵シム】 「……んぅ」  毎日、目を覚ましたくないと願うが、その願いが叶った試しは一度もない。 (起きたく……ない。このまま……消えたい)  消えてしまいたいと思うけれども死にたいとは思わない。そんな気力も無くなっていた。ただ、今日も一日彼らの逆鱗(げきりん)に触れることなく過ごせればいいと怯えながら過ごす日々。既に和真は逃亡の術を考えることを放棄していた。  ここに連れてこられてからどれくらいが過ぎたのか? それすらももう分からない。  覚醒すると同時に下肢が淫らな疼きを覚えるが、自らの手で触れることは固く禁じられているから、和真は体を小さく震わせ起き上がろうと試みる。  毎朝和真に与えられている役割は、自分を間に挟む形で眠っている支配者たちを時間通りに起こすことで、できなければ仕置きと称して朝から折檻されてしまう。 「うっ……う」  どうにか頭を持ち上げた和真は体の向きを変えようとするが、刹那(せつな)激しい眩暈に襲われ再びベッドへと倒れこんだ。

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