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第1話 新学期恒例番格対決

「なんで俺がてめえにホられなきゃなんねーんだか……!」  半ばうっとうしげに鼻先には面倒臭そうな嘲笑の笑みまでたずさえて、一之宮紫月(いちのみや しづき)はそう言った。きわどい台詞とは裏腹な、ともすれば余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)を見せ付けんばかりの挑発的な態度で、だ。それもそのはず、彼にとっては不本意極まりない『伝統行事』とやらがこれから行われようとしているからである。  この春に高等部の三年になったばかりの彼は四天学園(してんがくえん)という高校の最上級生であり、今年度の番格(ばんかく)的存在の男だ。この紫月の他に隣校の桃稜学園(とうりょうがくえん)からは同じく新番格の氷川白夜(ひかわ びゃくや)、そしてもうひとつの白帝学園(はくていがくえん)からは陰番で生徒会長の粟津帝斗(あわづ ていと)というメンツが顔を揃えている。  新学期が始まったばかりの春四月、隣接する三つの高校の番格と呼ばれる面々が、それぞれの手下を従えて続々と集まってきていた。一見異様な光景――ここは埠頭の外れにある廃墟化した倉庫街だ。  互いに威嚇(いかく)し合うような一触即発の緊張した空気を漂わせながら、各々の頭である男らを見守り、時折けん制しつつも静寂を保つ。古くからの伝統といわれている新学期の一大イベントを目の前に、誰もが心を踊らせ、事の成り行きに目を凝らしているのである。 ◇   ◇   ◇  同じ市内にある三つの高校、四天学園と桃稜学園、そして白帝学園はまるでピラミッドの三角形を(かたど)るように位置した隣接校だ。その中でも毛色の異なる白帝学園は優秀な生徒の集うとして有名で、進学校でもあった。  その白帝はさておき、四天と桃稜の二校は素行不良で名をはせてもいた。ゆえにこの二つの学園は犬猿の仲で、しょっちゅう睨み合いや小競り合いが繰り返されていることでも有名だった。  街中だろうがどこだろうがお構いなしの悠々自適、その奔放ぶりに学園側はもちろんのこと、一般市民にとっても又、厄介な存在であるらしい。  その二つを取り持つような役割をしているのが白帝学園なのだが、一応進学校といえど陰の番格は存在していて、表向きは生徒会の面々が仕切っているというところから陰番だなどと噂されてもいた。  このようにして異色の進学校が強面(こわもて)の四天と桃稜の仲裁役を担っているというところも、言わずと引き継がれた伝統のひとつだ。  そんな立場を表すかのように、白帝学園生徒会長の粟津帝斗は少々かったるそうな面持ちで、倉庫端の欄干へと腰を下ろして大アクビ状態だ。これから行われようとしている新学期の一大イベントを前に緊張感のかけらもない。相反して残りの二校では早くもギラギラとした興奮状態が続いていた。

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