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第296話(完結)

 二年後――  氷川や鐘崎、紫月らの後を継いだ春日野と徳永たちも卒業し、今年もまた春が巡ってきた。年号は平成から令和へと変わり、それぞれの学園の番格といわれる者たちも、新しい代へと引き継がれる。年々早くなる桜前線はとっくに通り過ぎ、新学期の始まる頃にはすっかり葉桜へと変わっていた。  うららかなその季節、ここ数年は静かだった埠頭の倉庫街は大勢の学生たちであふれかえり、ザワザワと逸った雰囲気に包まれていた。 「静かに――!」  品のいいテノールでそう言った一人の男子生徒の声で、ザワついていた場が静まり返る。 「今年度の生徒会長を務める白帝学園三年の柊倫周(ひいらぎ りんしゅう)だ。新学期早々の集まり、ご苦労!」  そう自己紹介をした男は、ぐるりと倉庫内を見渡すと、ひとつ咳払いをした後、キリリと姿勢を正して話し始めた。 「この度、我が白帝学園は四天学園と桃陵学園、双校の意向によって仲裁役を依頼された。キミたちはかつての卒業生らの和解を解消し、例の悪しき伝統行事とやらを復活させたいとのことだが――ここに集まっている皆も異論はないんだな?」  淡々とした調子でそう述べる倫周に、四天と桃陵の仲間を率いた”頭”らしき男たちが鼻を鳴らしてせせら笑った。 「当然だ! ここ二年の間、腑抜けになっちまった馴れ合い状態を俺らの代で正す!」  四天の代表がそう息を巻けば、 「上等だ。確かに――桃陵と四天がぬるま湯に浸かっているなんざ有り得ねえな。先陣は何を思ったか知らねえが、休息状態だった伝統行事を取り戻して、どっちが一番かってのをはっきり示してやろうじゃねえか」  互いに顎を突き出して威嚇し合い、不敵な笑みを交し合う。 「相分かった。では――悪しき伝統……」と言い掛けて、ゴホンと咳払いの後、 「――永き伝統に従い、我が白帝学園も四天と桃陵の仲裁役を承るとしよう」  白帝代表の倫周がそう宣言すると、倉庫内が一気にどよめき湧いた。 「四天学園代表の北条秋夜(ほうじょう しゅうや)と桃陵学園代表の源真夏(みなもと まなつ)は前へ――」  名指しされた二人が倉庫中央へと歩み出る。 「では、これより新学期恒例の番格対決を始める。――で、今年は何の勝負でカタを付けるつもりだ?」  倫周が訊くと、二人は互いの面を付き合わせてから今一度不敵に笑い合った。 「決まってら! 正々堂々タイマン勝負よ!」 「いいだろう。受けて立つ」  双方の”頭”がメンチを切り合うと同時に、倉庫内が大歓声に湧いた。 「よろしい。念の為に言っておくが、卑怯なことは一切するなよ。陰湿な行為があった場合は、その場で即負けとする。では始め!」  白帝学園会長、柊倫周の掛け声で睨み合いの火蓋が切って落とされた。 「は――! 誰が卑怯なことなんかすっかよ! こちとら王道行かしてもらうぜ。真っ正面からてめえをブッ倒してやる!」  長身細身で一見柔和、だが顔立ちは見惚れる程の美男子。やわらかな癖毛の茶髪をゆるく後ろに流したソフトリーゼントの男はニヤっと口角を上げながら、いきなり利き手のストレートを繰り出した。 「いい心掛けじゃねえか。――が、そういうことは俺に勝ってから言って欲しいセリフだな」  茶髪の男よりも若干筋肉質、上背もあり。見事な程の黒髪を揺らしながら余裕の仕草で拳をかわし、不敵に笑うその目元は万人が一目惚れしそうな男前だ。  四天学園番格・茶髪の北条秋夜と桃陵学園番格・濡羽色の黒髪が際立つ源真夏の勝負は、今まさに幕を開けたばかり――それを仲裁する白帝学園会長の柊倫周は、まるで女と見まごう程の人形のような美しい瞳を細めて勝負を見守る。  時代は変われど、その時々を生きる者らの息吹は変わらない。若芽が天を仰いで伸びんとするように、彼らもまたそれぞれの誇りを賭けて拳をぶつけ合う。  触れ合い、傷付け合い、そしてまた手を取り合い、肩を抱き合う――かつて一之宮紫月(いちのみや しづき)氷川白夜(ひかわ びゃくや)らが(つら)付き合わせたこの倉庫で、彼らもまた同じように一時代を刻んでいくのだろう。  今ここに、四天と桃陵と白帝の新たな伝統の幕が上がろうとしていた。 - FIN -

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