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いつ、ここにきたのか。 どうして、ここにきたのか。 そんなことすら、僕は忘れてしまった。 はるかかなたの、昔のことのように感じてしまって、時間の感覚すらわからなくなっているから。 毎日、毎日。 裕福そうな身なりをした男の人が、僕の前に現れては僕を抱く。 その抱き方は、人それぞれで。 ノーマルな抱き方をする人もいれば、縛り上げてハードな抱き方をする人もいる。 肌をくっつけて添い寝をするだけの人もいれば、玩具を駆使して責め尽くす人もいて。 そんな金持ちの要求に、僕はイヤな顔一つせずに答えるんだ。 にっこり、笑ってね。 今日の人は、ちょっと変わってる。 僕の胸にスパークリングワインをかけたと思ったら、それに吸い付くように舐め回す。 「........ぁあ....」 いつもとは違うその感覚に、思わず声が漏れてしまった。 初めてきたその人は僕の反応に気を良くしたのか、さらに激しく僕に絡みつく。 スパークリングワインを口に含んで、僕に口移しで甘くてキツいお酒を喉に流し込んだ。 「............んんっ....」 「........おいしい....?」 僕はクラクラする頭を気力でかばいながら、小さく頷いた。 .......お酒が、強すぎる.....? あっという間に視界がボヤけて、体が熱くなる。 体を覆う熱から逃れたくて身をよじる僕を、その人は優しく笑いながら見ていた。 何もされてないのに僕の腰は揺れてしまって。 その人はスパークリングワインを手にとると、そのまま、僕の中に指を入れて注ぎ込む。 冷たい......弾けるような......体を震わす刺激が......僕の下から頭の先に突き抜けてきたんだ。 「....あぁ!!.......やぁ.....やだぁ........」 「こういうこと、初めて?」 あまりのことに、僕は両腕で顔を隠した。 ........意識が、とびそうなくらい。 ........気持ちがよすぎて、恥ずかしいくらい。 長いこと、ここでこういうことをしているのに......。 大抵のことは、慣れているはずなのに.......。 この新しい感覚は、僕を奈落の底に突き落とすかのような快楽をもたらしたんだ。 いつものように突かれてるはずなのに、奥に当たる熱い感じが溶けてしまいそうなくらい気持ちよくて........体の力が抜けてしまう。 いつもなら口の中に入ってくるのは、そんなに好きじゃないのに、僕ののどの奥まで達して擦れる感じがたまらなくて、口いっぱいに溢れ出すあったかいものまで、僕の空っぽな心を満たすように感じて........。 僕は、壊れてしまったんだろうか........。 僕は、堕ちてしまったんだろうか........。 散々、喘いで、イカされて。 気がついたら、僕の全身は白く濡れていた。 こんなに.......こんなに、乱れたこと......ないのに。 「君、顔も瞳も、本当に宝石みたいに綺麗だ」 その人は僕の頰を愛おしそうな手つきで、優しく撫でて言った。 「また、会いにくるからね。エメラルド」 その瞬間、僕の胸元のネックレスは、重力を感じて、ゆっくりシーツに向かって僕の肌を滑り落ちたんだ。 Arkadia。 理想郷の名をした、娼館。 その名のとおり、浮世離れを楽しむ富裕層が足繁く通う、秘密厳守で隔離された高級娼館。 そう、僕はここの男娼なんだ。 ここの男娼はみな、〝treasure doll〟と呼ばれて、宝石の名前が付けられている。 こんなところで、〝宝物〟とか......。 そういう、僕は。 いつからここにいるのか、本当の名前すらわからなくなって。 〝エメラルド〟って名前が、今の僕の全てになっている。 正直、僕の出自なんて、どうでもいい。 気にしたところで、今の生活が劇的に変わるものでもないし。 どうせ僕の人生は、宝石の輝きみたいに長くはないから。 このまま、あとどれくらいここにいられるのかもわからない。 年をとったら、使い物にならなくなったら、僕の人生はその時点で終わるんだ。 「今日のお客様にも、大変気に入られたいみたいだね、エメ」 「........ん....はぁ.....か....館...長」 「あんなによがって、喘いでいたエメを見たの、どれくらいぶりかな?」 「.........見て....たんだ........悪.....趣味....」 「うちの大事な〝宝石〟を、壊されたりしたら困るからね」 僕の胸元にあるボールチェーンに繋がった〝本物のエメラルド〟が、僕が上下に揺れるたびに激しく弾んで肌にあたる。 僕は今、館長の膝の上で大きく足を開かされて、中を激しく突かれていて.......。 館長の右手は僕のを擦って、僕の体をささえる左腕は僕の体を逃さないように、強く抱きしめて.......。 背後から聞こえる館長の声が、僕の耳を捉えて離さない。 館長は........優しく抱いているはずなのに、僕は......激しく感じてしまって.......いつもとろけさせられてしまう。 特に今日は、あんなに喘がされたのに、また、僕の体にとめどなく快楽が押し寄せるんだ。 Arkadiaの館長は、若く見えるし、物腰が柔らかい。 客にも信頼を置かれているから、こういう娼館が成り立っているんだろう。 館長は僕たちtreasure dollのことも、それはそれは大事に扱うんだけど、メンテナンスと称して、必ず、僕たちを抱く。 そして、今日も。 あの客にズブズブに乱された僕を監視カメラで見ていたはずなのに、僕をこれでもかっていうくらいメンテナンスするんだ。 「はぁ...あ....どうせ......壊れたら......捨てるくせに」 「そんなことしないよ。君は大事な、大事な、私の宝石......宝物なんだから。心配しないで、エメ」 そう言って館長はより一層、僕を突き上げるから頭がぼんやりして.......僕は、また、快楽に沈んでしまった。 「うわぁーっ!!やめてっ!!離してーっ!!」 誰かが思いっきり叫ぶ声で、僕は目が覚めた。 .........この声.....アゲート.....? 僕はシャツを羽織ると、そっと扉を開けて外の様子をうかがう。 その時、ちょうど真向かいの扉も開いて、中から僕より華奢なキレイな子が顔を覗かせた。 「エメ、今の何?アゲート?」 「さぁ......?何だろうね、ルビー」 「........アゲート、壊れちゃったかな」 ルビーが悲しそうな目で廊下の先の方を見て言うから、僕は、つい、その場しのぎのような優しい言葉を言ってしまったんだ。 「アゲートは大丈夫だよ。いつも明るいし。きっと怖い夢でも見たんだよ」 でも、そんなことを言っておきながら。 アゲートの叫び声で一番不安を抱えていたのは、実は僕なんだ、ということを.....,。 ルビーに気づかれないように、胸の奥底に僕は、そっとしまい込んだ。 アゲートに何があったかは、全く、想像もつかないけど。 明日、僕がアゲートみたいにならないって保証はどこにもない。 〝エメラルド〟って言う僕が、この世からいなくなるのも時間の問題だと思ったんだ。 「今日は、元気がないのかな?エメラルドは」 「そん...な......こと.....ない....です」 ベッドヘッドに背中をもたれて、僕は大きく足を広げる。 昨日きた、あのスパークリングワインの人が今日もきて、そして僕を指名して。 僕の中に指を入れながら、穏やかに話しかけた。 「昨日、責めすぎちゃった?」 「......いえ.........あぁ.....とても.......とても......気持ち.....よかった......」 「喜んでもらえた?」 「.......んぁ.....はい......あ!....そこ、やぁ」 たった1回........たった1回、僕を抱いただけなのに、僕の感じるところを熟知していて。 僕はありえないくらい感じてしまって、大きく体を仰け反らせてしまった。 さっきまで頭の隅にあったアゲートのことでさえ、吹っ飛んでしまいそうになるくらい。 この人は僕をよく、知っている。 「エメラルド......俺の名前、知りたくない?」 「........名....前........聞いちゃ......知っちゃ.......いけない........か.....ら」 そういうルールなんだ。 僕たちは〝宝石〟だから、誰のものにもならない。 情が移ったり、恋をしたりするから。 僕たちは客の名前を聞いたり、知ったりしてはいけないんだ。 「そうか......残念だなぁ。俺、こんなにエメラルドにハマっちゃったのに」 「ごめ......ん......な、さい」 「じゃあさ......」 その人は、僕に顔を近づけた、囁くように言った。 「俺にあだ名をつけてよ。そして、そのあだ名で俺を呼んで」 その言葉に、僕は瞬間的に固まってしまった。 確かに、そんなのルールにはなかったけどさ。 かえって、そんなことしたら情が移ったりするんじゃないだろうか? 考えあぐねている僕を、その人は急かすように僕の中に入れている指をさらに増やしてくるから......。 僕は思わず口走ってしまった。 「........スパーク.....」 しかも、なんて、安易な.........。 恥ずかしくて.......この場からすぐにでも逃げ出してしまいたくなる........。 その、僕に〝スパーク〟なんてカッコ悪いあだ名を付けられた人は、にっこり笑った。 「カッコいいね。ありがとう、エメラルド。気に入ったよ」 そう言って、スパークは僕に深く唇を重ねる。 甘くお酒みたいなとろけるスパークのキスが、僕の舌を絶妙に絡め取って。 僕の中がズブズブになった頃合いを見計らって、スパークは僕の中にゆっくり、焦らすように。 僕の中を熱いもので満たすように入れてきた。 ........また、だ。 意識が飛びそうなくらい、気持ちいい.......。 僕のことを僕以上に知っているみたいで、僕はスパークに、体を預けてしまったんだ。 「アゲート......なんだったの?」 今朝あんなに叫んでいたアゲートが気になって、メンテナンス中にもかかわらず、僕は館長に聞いた。 聞かざるえなかったんだ。 「エメが気にすることじゃないよ」 「気に.....なるよ......」 「どうして?」 「......仲良かった......し......あと」 「あと?」 「......捨て...られたんなら.........明日は、僕......だから......」 館長は優しく笑うけど、その笑顔は館長の心を読み取らせないから、余計不安になってしまう。 「じゃあ、エメだけに教えてあげる。 他の子たちには言ったらだめだよ?」 「.......うん.....言わない......」 「アゲートはね、病院にいったんだよ」 「.........え?」 「たくさんルールを破ったんだ、アゲートは。 お客様の名前を聞いて、お客様からクスリをもらって、お客様を愛してしまったんだよ」 あまりにも、意外で......僕は、呆然としてしまった。 こんなところにいるにも関わらず、あんなに明るくて、いつもニコニコしていたアゲートが、そんなことになっているなんて、思いもよらなかったから。 ........そうか、逆に。 アゲートは自分自身を保つのに必死だったんだ。 保って、保って.......限界になって、客に助けを求めた。 客を拠り所にしすぎてしまって、そして、色んなことに溺れて.......壊れてしまったんだ。 でも、なんで? 館長はいつも監視カメラで、僕たちを見ているはずなのに、なんで、アゲートの異変には気付かなかったんだろうか........? 「.......あぁ..!!」 不意に、うつ伏せになっていた僕の腰は高く持ち上げられて、館長が僕の奥深くを貫いてくるから、僕は現実に急に引き戻されたみたいに体の中の熱さを感じた。 館長の動きが早くなる。 それに呼応するかのように、僕の腰が揺れる。 「エメ、今日もあのお客様に気に入られたみたいだね」 「.......はぁっ......あ......やぁ.....」 「エメは、そんなことしたら、ダメだよ?」 「館......長.......激し.......あぁ....」 「大事な、大事な、私の宝石.......私を失望させないでね、エメ.....」 「や.....や.....わかっ.......わかってる.......」 「.......っ!!.....エメっ!!」 押し殺したような館長の僕を呼ぶ声と、同時に、 僕の中に熱いものがいっぱいに満たされて。 館長が僕の中から抜いた瞬間、あふれ出した。 そのあふれ出たあったかいのが、いくつものスジになって、僕の太ももを伝っていく。 館長が、イクなんて、めずらしい........。 館長は僕を後ろから抱きしめて言った。 「その輝きはクールなのに、魅了してやまない。 虜にして後ろ髪を引かれるようなクセがあって........エメ....君は、最高の〝宝石〟だよ」 「.......みんなに......言うクセに......」 僕の素直じゃない言葉に、僕の体に絡まる館長の腕に力がこもる。 「エメは、特別.....エメだけだよ、こんなこと言うの」 特別とか、別にいらない。 僕が本当に欲しいのは、永遠に輝く宝石みたいな、永遠になくならない僕の有効期限なんだ。 消えることが、怖くて......怖くて。 でも、その欲望は絶対に手に入ることはなくて。 だから、未来の僕に絶望して、今の僕に渇望している。 「っ!!」 前の中に差し込まれていたオモチャを抜かれる感覚で、僕はハッとなった。 それと、同時に僕の中から、あったかくて白いのが勢いよく溢れ出す。 そうだ.......。 僕は一見さんの相手をしていて......その人のプレイが思いの外ハードで........ハードすぎて。 気を失っていたんだ、僕は。 僕は急に怖くなって........呼吸が浅くなって、涙が止まらなくなる。 そんな僕に館長は優しく笑うと、足と手にキツく絡まっていたリボンをそっと外した。 リボンで縛ってもそんなに跡が残らないはずなのに、涙で滲んだ視界でもハッキリ分かるくらい、アザが残ってしまっていて、さらに、胸が苦しくなる。 「怖かったね、エメ。もう大丈夫だよ。お客様は帰られたから」 「館......長....!!」 僕は思わず館長にしがみついた。 「初めてのお客様だったから、宝物の扱いに慣れてなかったんだ。 エメなら我慢強いし、大丈夫だと思ったんだけど........怖い思いをさせてしまったね、エメ。 もう、あのお客様は来ないから、心配しなくていいよ」 「〰︎〰︎〰︎っ!!」 「もう、今日は部屋に帰っていいよ。次のお客様はキャンセルするから」 「.......でも」 「君のその体を見たら、次のお客様がびっくりしてしまうだろう?大丈夫だから、ね。エメ」 館長が優しくて.......僕は涙が止まらなくて。 もう大丈夫なのに.......体の震えが止まらない僕を館長は優しく抱きかかえてくれた。 胸が、まだ、苦しい........。 涙が、まだ、止まらない........。 しばらくの間、ベッドの上に横になって、僕は1人音楽を聴いて気を紛らわせていた。 でも、気が紛れることはなくて。 痛くて、苦しくて.......その感覚が鮮明に襲ってきては、また涙が止まらなくなる......。 思い出しては泣くを、子どもみたいに繰り返していた。 .........キツかったな、あの客。 でも、他の子じゃなくてよかったかも。 他の子なら、壊れてしまっていたハズだ。 ........僕で、僕でよかったんだ。 「エメ、大丈夫?」 「館長.......」 館長は僕に優しくキスをしてきた。 そして、僕を慰めるように、深く舌を絡ませる。 「...........ん....館長.....」 「.......して、欲しい?エメ」 「.......優しく、して」 上書き、して欲しかったんだ、館長に。 痛くて、苦しい記憶を打ち消すように、館長に優しくしてもらって、忘れたかったんだ、僕は。 僕の要求どおり、館長は僕を大事に優しく、抱いてくれた。 甘くて、優しくて........。 この感じ、あの、僕が変なあだ名をつけた客に似ていて.......。 館長の吐息や体温を感じているのに、あの人に抱かれているみたいになって。 複雑な気分になりつつも、涙も止まって、体の震えも止まって、僕はようやく落ち着いてきたんだ。 「エメがケガをしてって言ったら、次のお客様、とても残念がっていらっしゃったよ」 「........そう....」 「また、次の予約を即決で入れてらっしゃったから、本当にエメが気に入ったのかもね、あのワインのお客様」 「........そう.....悪いこと、しちゃったな、僕」 ........あの人だったんだ、次の客。 あの人の優しい笑顔、見たかったな......。 でも、今日は会わなくて正解だった。 今日、あの人に会ってしまったら......。 僕はあの人に甘えて、慰めてもらって、心の拠り所にして........アゲートみたいになってしまったかもしれない。 ここでは好きとか、愛してるとか、そういうプラスの感情を持ってはいけない。 そういう感情は、壊れるキッカケに過ぎないんだ。

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