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#3
「ごめんね、ルビー。こんなことルビーにしか頼めないんだ」
僕はよっぽど切羽詰まった、懇願した顔をしていたに違いない。
まるでダダをこねている子どもを見るような、そんな目をしたルビーは、僕の頰に優しく触れる。
「サファイアとかアゲートとか、昔からいる仲間がどんどんいなくなっていく.......。
僕だけ、どんどん取り残されちゃう.......。
エメ.......エメだけは、僕を置いてかないで.......。
お願いだから」
寂しそうに言うルビーに「うん、わかった」って軽々しく、僕は返事をすることができなかった。
ルビーに心配をかけることはわかっていた。
わかっていたんだけど、僕の気持ちがもう止まらないんだ。
「........ルビー.....ルビーは、本当の自分のこと。
ちゃんと覚えてる?」
「.......うん。覚えてる」
「僕は、どうしても、どうしても、本当の自分を思い出せないんだ。
つい最近までサファイアのことすら忘れていた。
......だから、本当の自分を思い出したいんだ」
「エメ........無茶はしないでね........。
大好きだよ、エメ」
ルビーは僕の頰に唇をのせると、僕から小さく折り曲げられた紙をそっと受け取った。
「あのお客様にエメは消えたって、宝石達に言うように言ってるんだって?」
「あぁっ......そう....だ.....よ.....んはぁ......」
相変わらず館長は、僕を激しく犯す。
僕を壁に押し付けて、奥までねじ込むように貫くから、まるでレイプされてるみたいな気になるんだ。
........正直、キツイ...。
「大人になったね、エメ」
「......んっ.....や.....」
「嬉しいよ、エメ」
入れたまま......館長は僕をひっくり返すと、僕の片足を持ち上げて、また、奥に突き上げる。
「やぁ.....やめ.....ぁあ.....」
「エメの、何もかもが好きだよ。
本物の宝石みたいに綺麗なところも、生意気なところも。
お客様にいじめられているところも、何もかも。
エメだけ、特別だから......。特別なんだよ。嬉しいよね?......っ!!......エメっ!!」
「や.....だ........中....や、だぁ....」
僕の願いも虚しく、館長は僕の中で果ててしまう。
ここのところ、毎日、僕は館長に中に出される。
僕が心から館長を愛して、信頼して、まるで恋人のように.......僕は館長のものになった、って。
館長は勘違いしているのかもしれない。
でも、それは。
僕にとっては、単なるメンテナンスでしかないのに。
館長には僕に対する愛があるかもしれないけど、僕には館長に対する愛情のカケラすらない、のに。
こんな激しいメンテナンスを僕にしかしないのも、監視カメラで僕しか見てないのも、少し前から気付いてた。
館長は、僕しか見てない。
僕しか見てないから、アゲートがあんな風になってしまったというのに........。
もう、少し.......もう、少しの我慢。
もう少ししたら、うまくいったら。
僕は、この人から解放されるんだ.......。
メンテナンスが終わって、ヨロヨロになりながら廊下を歩いている僕の前からルビーが近づいてきた。
そして、すれ違い様にルビーは僕の耳元で囁く。
「手はずどおりだよ、エメ。愛してる」
「ありがとう、ルビー。大好きだよ」
お互い顔を見ることもなく、スッとすれ違って、スッと遠ざかって........。
そんな最後にはしたくないけど、したくなかったんだけど。
僕はもう、後にはひけないんだ。
プレイルームの壁に寄りかかって、僕はドアが開くのを待っていた。
.......あと、もうちょっと。
ガチャー。
ドアが小さな音を立てて、そっと開いて……。
僕は緊張しながら、そのドアの向こう側から入ってくる人を見守った。
「エメラルド……?」
「扉を大きく開けないで。
入ったら、壁に体をくっつけるように移動して……僕のところまで………きて、早く」
僕を見て目がなくなるくらい笑う、その笑顔。
僕はその笑顔に、どんな手を使ってでも会いたかったんだ。
「スパークっ!!」
プレイルームの隅……ちょうど監視カメラの死角になるコーナーで、僕らは身を小さくして互いを逃さないように抱き合った。
抱き合って、吐息を感じて、どちらからともなく唇を重ねる。
小さく口の中を割って入る舌がだんだん深く入って、その唇とその吐息を貪るように絡めだして。
………息があがる。
スパークは僕の頰を両手で覆って、真っ直ぐ僕を見つめた。
「俺、エメラルドに嫌われたかと思ってた」
「………どう、して?」
「エメラルドのことを、たくさんのコに聞いた。みんな〝エメラルドはいなくなった〟って口を揃えて言うし………。
手紙をもらうまで、もう2度と会えないかと思った」
「………僕も、最初はそのつもりだったんだ。
でも……どうしてもあなたに会いたかった。
会って抱きしめたかった」
「エメラルド、俺もだ……」
「……ねぇ、スパーク。お願いを聞いてくれる?」
「何?なんでも言って」
「………僕を、恋人にするみたいに………恋人みたいに抱いて……」
「………エメラルド」
狭いコーナーで僕たちは体をこれでもかっていうくらい引っ付けて、また、深くキスをする。
同じ壁に押し付けられるのでも、こんなにも違うなんて思わなかった。
体を、心を、相手に預けて。
深いところを波打つように突かれて。
ハードなのより、力任せに突き上げるのより。
何十倍、何百倍、ってとろけるくらい気持ちいい.......。
今までたくさんの人と肌を重ねてきたけど………こんなに心に響くのは初めてで.......泣きたくなってしまう………。
「........っ!.....あぁ......ス....パァク」
「……な、に?……エメラルド」
「もっと……もっと………して。
……僕の………中に……出して……」
「……エメ………好きだ」
「………僕も、、好き」
スパークの全てが欲しかった。
そのキスも、その優しい眼差しも。
僕の中に出して……。
スパークの全てを体の中にしまったら、すごく幸せな気分になって………。
もう、これ以上、何もいらないと思った。
こんなに、肌を重ねることに幸せを感じるなんて、今まで思ったこともなかったし………。
普通の人みたいになれた気がして、嬉しくなったんだ。
2人して……あがるボルテージ。
限界に近づくにつれ、より、体温を欲して、キスを求めて………。
そして、絶頂をむかえる………。
「スパーク……頼んでいたもの、持ってきてくれた?」
「あぁ」
スパークは僕に紙袋を差し出した。
「無理いって、ごめんなさい。
あのお酒、美味しかったから」
「……睡眠導入剤は、何に使うわけ?」
「………最近、眠れなくて。
でも、もう大丈夫!また、前の僕に戻れるから!」
僕の頭に軽く手を置いて、スパークは優しく笑う。
「無理、しないで。エメラルド」
そして、僕たちは………また、深いキスをして、肌を重ねる。
スパークが帰っていって、僕は静かになった部屋に1人ぼんやり座っていた。
色んな人を、騙してしまった。
仲間を騙して。
ルビーを騙して。
館長も、スパークも、みんなを騙した。
僕の欲求を満たすために、みんなを騙したんだ。
僕は、スパークからもらった睡眠導入剤を一気に口にいれて、40度のお酒をラッパ飲みすると、それを胃に流し込む。
「........っあ、.....苦し.........」
体を支えておくことができなくなって、僕の体は床に倒れこんだ。
頭がぼんやり……して。
体が熱くて、重たくて。
僕はゆっくり目を閉じた。
目を閉じると、黄色い菜の花が咲き乱れる小さな家が浮かび上がる。
………これ、僕が住んでた、家だ。
「ただいま」が言いたくて、僕は急いで家に向かう。
「ただいま!!おとうさん!おかあさん!」
『おかえり、みゆき』
………そうだ、僕の名前は……みゆき、だ。
やっと、やっと、思い出した。
僕は、一番、僕の本当の名前が、欲しかったんだ。
大好きな人に、恋人みたいに抱いてもらって。
名前も取り戻して。
おとうさんもおかあさんもいて。
懐かしい我が家からは、綺麗な菜の花が揺れるのが見えて。
もう、苦しい思いをしなくていい。
もう、痛い思いもしなくていい。
もう、泣かなくていい。
ここには、僕の幸せしかない。
そう、ここは、理想郷………。
本物のArkadia。
僕は、ようやく、Arkadiaにたどり着いたんだ。
僕の、Arkadiaー。
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