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相合い傘。(後編)

 輝晃の側こそが自分の場所だと思っていた。けれども本当のところはどうだろうか。  彼だって男だ。世間体もある。気にしないというのはあまりにも考えが浅はかではないか。  ――自分が間違っていたのかもしれない。  同性の相手に現を抜かし、このままずっと側にいられると思い込んでいた自分が――。  気がつけば、びしょ濡れのまま、公園のブランコに座り、呆然としていた。  脳裏に、相合い傘で肩を寄せ合う輝晃と女性の姿が過ぎる。  もう一度、花街に戻ろうか。  自分の居場所は輝晃の元ではない気がして考えるものの、郭でのことを考えると吐き気が込み上げてきた。好いていない相手に抱かれることに嫌悪感が増す。  自分の心はすっかり輝晃のものになってしまった。今さら他の人に身体を開くことはできない。 (だったら、どこへ行く――?)  輝晃の元へ帰ってはいけない気がして、項垂れる。  彼の側にいられないことが胸が苦しい。  いざ離れると思うと、胸が締めつけられる。瞼は熱を持ち、気がつけば嗚咽を漏らしていた。 「……っひ」  こんなにも好きになってしまった。  けれども輝晃はどうだろう……。  自分は輝晃しかいないけれど、彼の方は違うかもしれない。御店は彼の性には合わないと言っていたが、けれど実際は御曹司で、美形でもある。金だけじゃなく、優しい性格も、すべてが揃っている。相手は引く手あまただ。  自分が居なくても、何もかもを手にしている彼は相手なんてすぐに乗り換えることができる。  所詮、金で買われた身。どんなに頑張っても輝晃と肩を並べることなんでできない。  そして身を焦がすようなこの気持ちは自分だけなのだ……。 「大瑠璃! 良かった。こんなところに居たのか」  自分の所だけ雨粒が止んだから何事かとそっと視線を上げると、滲んだ視界に見知った顔の彼がいた。 「僕を迎えに来てくれたんだって? 姉さんから聞いたよ」  彼は大瑠璃の頭上に傘を差しだし、そっと告げる。 「風邪をひいてしまう。帰ろう?」 「大瑠璃?」 「帰ら、ない」 「どうしたんだい? 何かあった?」 「女の人と一緒にいるのを見た……」 「彼女は同僚の子で、傘を持っていなかったから誘ってくれたから一緒に帰っただけで特に何もないよ……って、妬いてくれているのか?」 「違う……」 (妬く資格なんて、自分にはない) 「俺は……貴方が好きです。だけど、何も持っていない。同性だし、貴方に相応しいものは何も……ない……」 「大瑠璃!」 「僕は君を想っている。それだけじゃいけないかい?」  違う。そうじゃない。自分と居てはいけないのだと、大瑠璃は首を振る。すると彼の手が伸びてきた。そうかと思えば次の瞬間にはもう抱きしめられていた。  大瑠璃は力強い腕の中にすっぽりと収まっている。  あんなに冷たかった雨の中なのに、輝晃に包まれると寒さは感じない。  輝晃は不思議な人だ。  どんなに辛く悲しい場所でも、彼にかかればどんな場所でも安らげる場所に変わるのだ。  側に居たい。  できるなら永遠に、一緒に老いていきたい。  大瑠璃は泣きじゃくり、彼の腕にしがみつけば、「愛している」とそっと耳元で告げてくれる。  それだけで安心してしまう自分はなんて単純なんだろう。けれど大瑠璃にとって、輝晃は大切な存在なのだ。  いつか……。  自分がデザインをした着物を輝晃に着て貰いたい。  そして輝晃と一緒に前を向いて歩いて行きたい。  その日、大瑠璃が泣き止むまでの間、ずっと雨の中を輝晃が抱きしめ続けてくれた。  余談だが、雨の中、二人仲良くずぶ濡れになって帰宅したその後、灯子には散々怒られた。  輝晃は帰宅したのに迎えに行った大瑠璃が戻っていないことに警察だとか救急車を呼ぶなどと言って大慌てだったとか……。  こんな大雨の中だしまた襲われたのかと心底心配したのだと告げられ、大瑠璃はまた泣いてしまった。  大瑠璃は、自分では気づかないうちにたくさんの人に心配され、実はとても大切に思われているのかもしれないと思ったのだった。 《相合い傘・完》

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