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相合い傘。(前編)

「あ、雨」  大瑠璃はデザイナーとして大店を務めている輝晃の姉、灯子の手伝いをしていた。  今朝はあんなに晴れていたのに、いつの間にか空はどんより曇り、大粒の雨が降ってきていた。  たしか、輝晃は今日は早くに帰ってくると言っていた。朝は晴れていたから、折り畳み傘も持って行っていない。  時計を見れば、夕方十八時。もうすぐ帰宅時間だ。 「俺、迎えに行ってきます」  輝晃が風邪をひいてしまう。大瑠璃はジャケットを羽織る。灯子は、「馬鹿だから風邪はひかない」となんともつっけんどんな言い方をしている。  姉弟を知らない大瑠璃にとって、仲が良いからこその言葉なのだろうと思う。灯子の苦言に苦笑をしながらもう一本の傘を手にして家を出た。  輝晃の務めている警察署は自宅から約一時間ほどかかる。駅までは三十分だから余裕で間に合うだろう。  ――本当は……輝晃に傘を届けるのはただの口実にすぎない。  輝晃と一緒に住むようになってもうすぐ半年になる。けれど大瑠璃にとって輝晃はやはり居なくてはならないかけがえのない大切な人だった。一分一秒でも多く、一緒に居たい。大瑠璃はそう思っている。  そして輝晃もまた、一緒に居る時は側にいてくれて、他愛のない会話を楽しんだり、食事をしたり、共に寝たり口づけを交わしたりと恋人同士がするような他愛のない日々を――けれども貴重なかけがえのない日々を繰り返していた。それは彼にとっても大瑠璃という存在がなくてはならない存在であると信じたい。  輝晃からは毎日のように大瑠璃を愛でてくれている。だから今は輝晃の言葉は偽りではないと信じている。もう、娼妓だった頃のように戯れ事を疑う必要などないのだ。  輝晃のことを考えるだけで身体が熱を持つ。  大瑠璃の心も身体もすべて、彼のものなのだ。  電車が停車したのだろう。改札口から降りてくる人々が一気に増えた。間もなく十九時だ。駅にある時計塔を見た大瑠璃は視線を上げて待つ。  大降りの雨は未だ勢いが治まらず、コンクリートの地面に叩きつけるようにして降ってくる。  視界は悪いが、けれども大瑠璃は輝晃を見逃さなかった。だってこんなに恋焦がれている男性なのだ。大瑠璃が見落とす筈もない。  輝晃が駅から降りてくる。 「輝……」  声を上げて呼びかけようとした時だった。  輝晃は、見知らぬ女性と楽しげに改札口を降り、ひとつの桃色の傘の下で歩いて来るのを見た。  その姿はとても一般的なものだった。  本来、輝晃はああなる筈なのだ。  男の自分は異物。世間ではあの絵になるようなあの姿こそが求められる。  そう考えた時。  大瑠璃の思考は止まった。  木陰に隠れると、通り過ぎる二人を見送った。 (俺はいったい何をしているのだろう……)  火照った身体は雨に打たれ、冷たくなっていく……。  彼女はきっと同じ部署の人で、輝晃は彼女のことは同僚として帰宅しただけ。それだけだと言い聞かせても、大瑠璃の中で何かが弾けて壊れていく。 (このまま、何食わぬ顔で戻ってしまおうか……) (だけど、戻るって、いったいどこへ?)

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