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第1話 みんなに恋される男
レンがいなくなってから、もう一年経つのか。
高校からの帰り道、電柱に貼られた「この人を探しています」のポスターを見ながら、僕はそんなことを考えた。
嵯峨 恋 、16歳、と名前と年齢の書かれたポスターには、彼のアップの写真と、全身写真が貼られていた。
すらりとした長身の男子高校生。さらさらの髪と切れ長の瞳。どんなアイドルにも負けないだろう、綺麗な顔だ。
ポスターは一年たってすっかり色あせてしまっている。
僕はうつむいた。涙がこぼれて、伊達メガネを濡らした。僕は周囲に誰もいないのを確認してから、メガネを外して拭いて、掛け直した。
レンとは、小学校、中学校、高校と同じ学校だった。
レンは人気者だった。運動神経抜群で勉強もできて、でもそれを鼻にかけることはなく。かっこよくて喧嘩も強そうで、黙っているとちょっと怖い雰囲気。でも、話せば気さくで明るい。
そして優しかった。
レンは僕にすら優しかった。
僕は暗くて、いつもうつむいて歩き、人としゃべりたがらない。みんな、そんな僕に距離を置いた。
僕がこんな風になってしまった原因は、小学生の頃にいじめっ子から受けた一言。
「お前、目がデカくてまつ毛長くて女みてえな顔してんな。きもちわる」
気持ち悪い。僕の顔は、気持ち悪いんだ。
そのことを知って以来、人に顔を見せることが怖くなった。
伊達メガネで顔を隠して、なるべく人に顔を見られないようにうつむいて歩いた。人と話すのも怖くなった。
どんどん、人は離れていった。
僕はひとりぼっちだった。
でもレンだけは、僕に話しかけてくれた。
何故ならレンは、いいやつだったから。
僕だけじゃなくて、ちょっと浮いてるやつとか、友達いないやつとか、そういうやつにレンは気軽に声掛けした。
さりげない気遣いが出来るリーダー、って感じだろうか。
だからレンのいるクラスはいつも、雰囲気が良かった。いじめもなかった。ただレンがいるだけで、クラスの空気が変った。すごいやつだった。
僕が一番嬉しかったのは、僕、川中 依一 のことを、「ヨル」って呼んでくれたこと。みんな僕のこと苗字で呼ぶのに。
中学生の時、一度、そのことを聞いたことがある。
「レンはなんで僕のこと、ヨルって呼ぶの?」
「嫌か?川中って呼んだほうがいい?」
「ううん!すごく嬉しい。ずっと、ヨルって呼んで欲しい」
「じゃあ良かった。『よるいち』って名前かっこいいよな」
そんなこと思ったこともなかったので、僕はびっくりした。むしろ、お爺ちゃんみたいでかっこ悪いかなと思っていたくらいで。
「レンのほうがかっこいいよ」
「でもさ、『恋』って書いてレンだぜ、男なのに恥ずかしいよ」
「そんなことないよ!恋って書いてレン、すごくかっこいい。みんなに恋される男って感じする」
レンはちょっと驚いた目で僕を見て、それから嬉しそうに笑った。とても魅力的な笑顔だった。
照れくさそうに髪をかき上げながら、
「そっか、いいかもなそれ。じゃ、そう思うことにする」
あれは僕にとって、うんと遠回りな告白だったのかもしれない。
レンにとっては僕はただの同級生でしかないけど、僕にとっては違う。
僕は、レンに恋をしていた。
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