24 / 68

第24話 入浴(1)

 隠れ家に戻るとレンは、風呂に入っていい?と聞いてきた。まだ日は高かったけれど。  僕は察した。  きっとさっき、ドルードとあんなことをしたから、体を洗いたいんだろうな、と。  僕は顔色ひとつかえず、うなずいた。 「うん、もちろん!だいたい、レンの家なんだから僕なんて気にせず好きにやってよ」 「ま、そうなんだけど、一応な」  僕はふとわいた疑問を尋ねた。 「あ、そうだここのお湯って一体どうやって出てるの?薪で炊いてる感じもしないし」 「ああ、火炎トカゲが落とす火炎石ってアイテムがあって、水にその石入れるとお湯になるんだよ」  僕は押し黙る。そしてしみじみと、つぶやいた。 「すっごい、異世界感……」  レンは何故か得意げに笑った。 「だろー?」 「はあ、そういうのだけの、普通の異世界だったら良かったのに」  レンは吹き出した。 「なんだよ普通の異世界って。じゃ風呂入ってくるから」 「うん!」  僕はレンが風呂から上がるまで、弓矢やナイフの練習をしようと思った。  せっかく買ってもらったんだ。使いこなせるようにならなきゃ、レンが辛い思いをした意味がないじゃないか。  僕は庭に出てみた。例の樹が目に入った。りんごっぽい木の実のなる樹。  よし、と思って、弓に矢をつがえる。赤い木の実をねらって引き絞った。  ぱんと矢から手を離す。  矢は見事に外れて、樹の幹に突き刺さった。  うーんなかなか難しい。    幹に突き刺さった矢を引き抜きながら、僕は樹の根元に、的っぽい板が転がっていることに気がついた。  円と真ん中に黒丸が描かれ、矢のあとが沢山ついている。  きっとレンが自分で練習用に作ったものだ!  意外にまめなんだなあ、と僕は感心する。  せっかくだから使わせてもらうことにした。  僕は弓矢の練習に夢中になった。  矢を打ちつくしては引っこ抜いてやり直し、を繰り返した。  なんだかだんだん、上手になって来た気がした。  汗もかいたし僕もお風呂に入ろうかな?  そう思って、家の中に入った。  もうとっくに風呂を出ているかと思ったレンの姿が見えなかった。  僕は心配になった。もしかして風呂ですべって頭をぶつけて倒れてたりしたら、どうしよう?  家の一番北側奥にある風呂場の扉を、僕は慌てて開けた。  レンは湯船に入って、ぼうっと天井を見つめていた。  冷たい黒い石畳の床に、同じく黒い石でできた浴槽は、結構広い。 「レン、大丈夫!?」 「え?」  レンが目をしばたかせて僕を見ている。それから決まり悪そうな顔をした。 「あ、わりい、長風呂しちまった。あのジジイんとこで『買い物』した後ってつい、長風呂しちまうんだ」  あそこで買い物の後、ってつまり、体で支払った後は、という意味か。  僕の胸が痛んだ。  ああやっぱり、レンはああいう行為に傷ついているんだ。  そりゃそうだ、傷つかないわけがない。  体を売って傷つかない心なんてきっと存在しない。  世の中の売春婦のお姉さんたちも、きっとみんなどこかで何かが傷ついている。  体を売るっていうのは、そういう事だ。  だって本当は、お金のための行為じゃない。愛のための行為なんだもの。  人の心は、体を売ったら傷つくように出来ている。   「ごめんな、お前も入るか?出るわ」  立ち上がって、湯船から出ようとするレンを僕は手を上げて制した。 「ま、待って!大丈夫、倒れてたらどうしようって心配になっただけ。好きなだけ入ってて」  レンは驚いた顔で僕を見た。 「お前……。なに泣いてんだ?」  僕は、はっとした。  いつの間にか僕は、ぼろぼろ涙をこぼしていた。  どうしよう、変に思われる。なんて説明しよう。  駄目だ、あれを言ったら駄目だ、きっと絶対に困らせる。どうしよう。 「な、なんでもない。ごめんねレン。ほんと、ごめん」  レンはふっと微笑んだ。 「俺が体で払ったってこと、気づいてんだろ」  僕は顔を真っ赤にして、手で口を押さえた。  ああ、駄目だ。  もうこれ以上、嘘はつけない。  うつむいて、こくりとうなずく。  レンは濡れた髪をかきあげて、口の端をあげた。 「軽蔑したか?」  僕はびっくりして、レンを見上げた。思わず声を荒げた。 「そんなわけないだろ!軽蔑なんか出来るわけないじゃないか!僕はただ自分が情けなくて、君に申し訳なくて!つ、次は、僕に支払わせてよ!僕が体で払うから!」  レンはそんな僕に驚いた様子で、まじまじと見つめた。  顎に手をやって、視線を横に流し、つぶやくように言った。 「じゃあ……。今、体で払ってもらおうかな。俺に」  僕は突然言われたことの意味が理解できず、きょとんとしてしまった。  でもゆっくり、頭の中で言葉を反芻し、赤面する。 「そ、それって……」 「服、脱げよ。風呂に入れ。ここで払ってもらう」

ともだちにシェアしよう!