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第52話 宴の後

 一階にあがったレンは、怒り心頭といった様子で、娼館の受付にどんと両手をついた。 「モンテスはどこだ、あのキツネ野郎!モンテスを出せ!」  レンの剣幕に驚いた様子の受付嬢は焦った様子でうなずいた。 「は、はい、ただいま!」  受付嬢は奥の扉の向こうに姿を消し、少しして、狐目の男モンテスが出てきた。相変わらずの胡散臭い笑みを貼り付けたまま。 「どうですか、お楽しみいただけましたか?」  レンはカウンター向こうのモンテスの襟首をつかんですごむ。 「クソったれが、悪趣味なもん見せやがって!」 「あー、ちょっと初心者の方にはハードすぎましたかねえ?この街はディープなものお求めのお客様が多いからついマニアック志向になっちゃうんですよねえ。明日なら猫耳美女のポールダンスだったんですけど。大丈夫、おちんちんついてない普通の美女です。尻尾はついてますけど。明日どうです?」 「戯言はうんざりだ、情報を早く寄越せ!ミルドジャウ山の情報だ!」 「はいはい、じゃあちょっと、そこのソファで」  レンは乱暴にモンテスから手を離す。  モンテスはふうと息をつきながら襟元をなおし、カウンターから出てきた。  カウンター前のホールに置かれているソファに僕達をすすめ、自分も腰かける。 「で、あの魔の山の何が知りたいんです?標高?」 「ふざけるな、帰還の門に決まってんだろ。本当に存在するのか?山のどのあたりにある?」 「ああ、帰還の門。帰還の門があるとうわさされる部屋の扉、ならたしかに存在するらしいですよ。あの山には古代に作られた登山道が存在していて、その登山道の中腹辺りに洞窟があるんですよ。その洞窟の奥深くに、古代の邪神崇拝者たちが作ったと言われる扉があるとか。その扉の中が帰還の門。って言われてますね」 「転生者は寄ってくるのか?」 「まあ、たまには。転生者自体激レアですからそんな期待しないで下さい。それにこの街からの逃亡奴隷が一番多いですよ?で大抵、二十四時間体制で洞窟の前で張ってる娼館従業員に捕らえられて引き戻されます。ハンターさんに大事な商品奪われるのも困りますし」 「じゃあハンターが転生者欲しかったら、娼館従業員を殺害して奪えばいいわけか」 「物騒なこと言わないで下さいよお。それにむちゃくちゃ腕っ節のいい凶悪な用心棒雇ってますから難しいと思いますよ。ハンターさんたちとの長年に渡る場所取り合戦の末に、洞窟前は我々の陣地となったんですから」 「ハンターたちはどこらへんにいるんだ?」 「登山道沿いの山林に潜伏して待ち構えてる方が多いみたいですね。まあなかなか根気の要る仕事でしょう」 「でもなんで洞窟の前に張るんだ?中じゃなくて。扉の前で張ったっていいだろう」 「邪神の結界が貼られてて中に入れないんですよ。だから実は転生者も中に入れない。帰還の門から元の世界に戻れた転生者、ってのは、わたくしは存じ上げません。それでも転生者はやってくるんですよね、一縷の望みをかけて。まことに哀れな存在です」  言いながら、実際に哀れとは思っていないのだろう。むしろそこには蔑むような含みがあった。  少しの間を置いて、レンは興味なさそうな色を装い、 「ふーん」  とだけ言った。本当はかなり、失望していることだろう。僕はふと思い出したことを尋ねた。 「そういえばこの街にある塔は邪神崇拝されていた時代の遺跡らしいね。そんなの使っちゃっていいの?」 「いいもなにも、あの塔はヨアヒム様の所有物ですから」 「そ、それってもしかして、塔のてっぺんに住んでる、この街の帝王?」  そこでモンテスは初めて、意外そうな顔をした。 「よくご存知ですね。ええ、そうです。この街に来る全ての転生者は必ず一度、ヨアヒム様に捧げられなければならない。まあ一種の通過儀式ですね。そこでヨアヒム様のお気に入りになれれば、塔の最上階にてヨアヒム様専用の娼婦となることができます」  レンは唇を歪めた。 「最初はボスがまず味見、ってか。色街ってのはつくづく、気色の悪いところだな」  モンテスはおどけて肩をすくめた。 「傷つきますよお、わたくしたちは誇りを持ってこの街で働いているのですから。まあわたくしが帰還の門について知っているのはこのくらいです」 「最後にもうひとつ聞きたい。古代の邪神崇拝者たちの末裔は、いまどこにいる?」  モンテスは静かにレンを見つめ返した。感情を読み取れない、作り物の笑みを浮かべたまま、 「さあ?でもそうですね、わたくし達ラガドの住民こそが、それなのかもしれませんね」  レンは眉間にしわを寄せた。 「は?」 「ふふ、冗談ですよ。申し訳ございませんが、邪神崇拝者たちについては存じ上げません。こんなものですがわたくしの情報提供、ご満足いただけましたか?」 「まあまあってとこだな、あの悪趣味なショーを見せられたことと差し引きすりゃ完全にマイナスだ。食事前だってのに食欲失せたぜ。行こうぜ、ヨウ」 「うん……」  僕達はすっかり気がめいった状態で、その娼館をあとにした。  モンテスが深いお辞儀をして、僕らの背中を見送っていた。

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