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第54話 嘘

※主人公視点に戻ります -------------------------------------  おぞましいショーを見せられた後。  ちゃんとした酒場で食事する気もせず、僕らは路上屋台で軽食を取った。たくさんの屋台テントが軒を並べる、屋台地帯といえるような一角で、たくさんの客で賑わっていた。  酒を飲んで顔を朱に染めて安い食事をうまそうにつまむその姿は、日本のサラリーマンと似たようなものかもしれない。  案外、普通の人たち。それが現地人であり、この案外普通の人たちが、僕ら転生者にあんなひどい虐待を加えて喜んでいる。  その事実は僕を憂鬱にさせた。  まるで現地人が正常で、自分が異常で、異常だから虐待されても仕方ないのかな、なんてそんな気にすらさせられて。  僕達は言葉少なく、宿の部屋に戻った。  部屋に戻るとレンはやはり、あのことを言った。  窓辺のテーブルにどんと両手をついて、苛立った声で、 「くそっ、洞窟に結界ってなんだよ!帰還の門から逃げられた転生者が一人もいないだって?ざっけんなよっ……!」  僕は恐る恐る言ってみる。 「もう……戻らない?あ、別に前の街じゃなくても、とにかくどこか別のところに」  えっ、という顔でレンが僕を見る。 「な、何言ってんだよヨウ。ここまで来て!」 「こ、この街が怖いんだ。ここでつかまってしまったら、僕達もあんなひどい目に遭うかもしれない。正直、野宿してでもいいから今すぐこの街から逃げ出したい気分……」 「どこに逃げたって同じだ、この世界のどこにも俺達の安住の地なんてない!どこまで行っても地獄だ!帰還の門をくぐる以外ない!」 「でも洞窟にすら入れない、さらに扉があるんだよね。どうせ鍵が閉まってるに決まってるし。その扉はどうやって開けるの?」 「調べる!きっと方法があるはずだ。邪神崇拝者の末裔を探そう、そいつらなら何か分かるかもしれない。俺は絶対に諦めない」  僕はしみじみとつぶやく。 「レンは本当に、元の世界に戻りたいんだね」 「当たり前だろ。お前だって戻りたいだろ?」 「あ、うん、そ、そうだね」  僕のはっきりしない言い方に、レンは不思議そうに首をかしげた。 「なんだよ、あんまり戻りたくなさそうだな」  僕は頭をかく。 「向こうの僕、そんなに幸せじゃ、なかったから」 「つってもこの世界よりはましだろ?」 「ま、まあもちろん、そうだけど。でも、異世界に来れたから、レンとこういう風に仲良くなれたわけで」 「お前も日本から来たんだろ?じゃあ戻って向こうでも仲良くやれるじゃん。向こうの世界のお前に会うの、俺はすごく楽しみだ」  いらいらしていたレンの表情が、ふっと緩む。  僕の胸がつんと痛んだ。  僕はうつむく。 「レンはきっと失望するよ……。本当の僕を知ったら。全然、イケてない奴なんだ。き……気持ち悪い顔をしていて、だからみんなに顔を見られるのが怖くていつも伊達メガネで、暗くて、全然友達いなくて……。本当だったらレンとこんな風な仲になれる奴じゃないんだ僕は」  レンはおかしそうに笑う。 「俺だって別にイケてねえよ」  僕は思わずむきになって反論した。 「そんなことないよっ!レンはみんなに恋される男だっ!」 「えっ……」  レンが息を飲んで僕を見つめた。僕はなんでそんなに驚くのだろう、ときょとんとする。  レンが真顔になって僕に聞く。 「それ、どういう意味だ?」 「だ、だって、恋って書いてレンでしょ、だから」 「俺、自分の名前の漢字、ヨウに教えてないけど」  どくん、と心臓が音をたてた。  僕の血の気がすーっと引いていった。  なんて迂闊なことを言ってしまったんだろう。  どうしよう、でもまさか、僕がレンに前言った言葉なんて、覚えてないよね?  あれを覚えてさえなければ、きっと誤魔化せる、そうだ覚えてるわけが……。 「お前、まさか、ヨル?」 「っ……!」 「お前、本当は川中依一か!?」 「ち、ちが、違うよ僕は、ヨルイチなんかじゃっ!」  僕は顔を真っ赤にさせ、震えながら否定する。  涙が出てきた。  ああ、だめだ、こんなんじゃバレバレじゃないか。  レンが呆然としてつぶやく。 「ヨル……」  僕はうつむいた。もうダメだ。  嘘がバレた。  もう僕の幸せな時間はおしまいだ。  僕は諦める。全てを。    ……謝らなきゃ。 「ごめん、レン、騙してきてごめん。僕なんかで、ほんと、ごめん……っ!」  僕は後ろに振り向き、駆け出した。  部屋のドアを開けて廊下に出て、走り抜ける。  僕は夜の街に逃げ出した。

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