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第56話 ヒカル
あれからどれくらいの時間がたったのだろう。
ほんの数分前の出来事のような気もするし、何年も前のことのような気もする。
でもヒカルに言わせれば、あれは三日前の出来事らしい。
ああ、ヒカルというのはヨアヒム専用の転生者の一人だ。紫の髪をして泣きぼくろのある、ヨアヒムの一番のお気に入り。
いや一番じゃないか。
一番のお気に入りは、僕らしいから。
僕は手足を鎖でつながれ、牢に入れられている。
牢は街の中心にあるでっかいペニスみたいな塔の最上階にある。
なんで牢に入れられてるんだろう。
ヨアヒムにキスされて舌を入れられた時に、その舌を噛み千切ったせいかな?
でもヨアヒムは邪神だから舌なんてすぐ再生しちゃうんだ。
自在に伸び縮みするべろ。
きもちわるいよね。
僕はヨアヒムが大嫌いだ。
だってきもちわるいもん。
僕はヨアヒムがきもちわるすぎて、自分の舌のことも噛みちぎって自殺しようとした。でもそれ以来、口に自殺防止の魔法を施されてしまった。自分の舌を噛みちぎろうとすると、途端に力が抜けて噛めなくなってしまう。
ヨアヒムのことが大嫌いな僕を、ヨアヒムは許せないらしい。
だったらさっさと殺してしまえばいいのに。
僕は「初夜」と呼ばれるあの夜、ヨアヒムに散々犯された。
犯されてる間、僕はずっと大暴れして泣き叫び、レンの名を連呼し続けた。
ヨアヒムはとても怒っていた。
怒ったなら僕を殺せばいいのに、ヨアヒムは八つ当たりに、僕じゃない別の転生者を殺しまくった。
だからいっぱいいたヨアヒム専門の転生者は、ヒカルと僕の二人だけになってしまった。
ヒカルは僕のせいだとなじった。
ヒカルは僕のことを死ぬほど憎んでいる。
大好きなヨアヒムを僕に奪われて、とても怒っている。
じゃあ殺してよ、とヒカルに言ったら、僕を殺したらヨアヒムに嫌われるからいやだって言われた。
使えない雑魚モブだな、と僕は思った。
でも、今、僕はその使えない雑魚モブのヒカルに期待をしている。
何故なら今、ヒカルは斧を持って僕の目の前に立っているから。
「やっと僕を殺してくれる気になったの?うれしいな」
僕を牢から出して「処置室」と呼ばれる所に連れてきたヒカルを見て、僕はにこにこ笑った。
ヒカルは斧の柄を肩に打ちつけながら、
「甘いんだよ。そんな簡単に楽になれると思うな。ヨアヒム様が、貴様の両腕両脚を切断することをご決定なさった」
僕は口の端を歪めた。
あー、そうきたか、と思った。一応、聞いてみる。
「へえ、なんで?」
「そりゃ、貴様への罰に決まってるさ!ヨアヒム様に愛想を尽かされた貴様は、ジョアンのように決壊して廃人になって中毒者たちの餌になるんだ」
僕はくすっと笑った。
「はずれ。君、ぜんぜんヨアヒムのこと分かってないね」
「は?」
「愛想を尽かすどころか、ヨアヒムはさ、僕にどうしても『愛してる』とか『抱いて』とか言って欲しいんだよ。ダルマにして飢餓責めにすれば、僕が自分からヨアヒムに抱かれると思ってんだよ。すっごい健気だよねあの人、僕のこと好き過ぎだよね。でもそういうとこ全部ひっくるめて、僕ヨアヒムきもちわるいんだ」
ヒカルが屈辱に震えながら僕を睨みつけている。その目じりに涙まで浮かべて。
僕はさらに煽る。
「ヒカルはいっぱいヨアヒムに愛してるって言ってあげてるのにね、それじゃ満足できないんだね。僕に言われないと満足できないんだよあの人。だってヒカルじゃなくて僕が、ヨアヒムの『花嫁』だから」
斧を持つヒカルの手がぶるぶると震える。
歯を食いしばり、憎悪に染まり僕を睨む。
ほら、やれよ。
むかつくだろ、僕のこと。
その斧でさ、手足じゃなくて首を刎ねろよ。
ヒカルは震えながら、僕の腕をとった。
石の台に僕の腕を乗せる。
ああなんだ、首切らないの?
ここまで言われてやっぱり手足切るだけなんだ?
こいつやっぱ雑魚モブだなーと僕は思った。
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