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第58話 レン

※三人称になります ---------------------  あの運命の夜の翌日未明。  一匹のフェンリルがラガドの城門を突破し、街中に侵入した。  フェンリルは早朝の誰もいない通りを駆け回り、そこに散らばる謎の人骨を口にくわえて、必死に一箇所にかき集めた。  自ら集めた骨の山を前に、フェンリルは悲しげに空に吠えた。  まるで神に祈りをささげるように。  すると一筋の光が、その骨の山を包み込んだ。  骨の山は、光の中に溶けるように消えていった。    とても悲しげだったフェンリルは、そこで安心したようにしっぽをぱたぱたと動かした。  空を見上げるその表情は、笑っているように見えた。 ※※※  何も無い場所で、レンはうっすらと目を開けた。  その脳内に、不意に蘇る、<神との対話>。  レンは突如、異世界に飛ばされた時の神の言葉を全て思い出した。 『そなたは今、時空に仕掛けられた呪い<異世界転生>により、ある世界へと飛ばされようとしている。 転生先からは、<帰還の門>により元の世界へ帰還可能だが、<帰還の門>は<邪神>の力で堅く閉ざされているだろう。 <異世界転生>は、転生先世界の<邪神>と呼ばれる存在によってかけられた呪いである。 そなたには、宇宙の理を歪める<異世界転生>の呪いを解除し、時空の穴をふさいで欲しい。 おそらくこのメッセージは、<異世界転生>の呪いの弊害によりそなたの記憶から抹消されるだろう。 もし、この記憶を思い出すことが出来たならば、そなたこそが選ばれし者だ。 全てを思い出した者よ。 そなたに、異世界人に対抗しうる能力<勇者の力>を授ける。 その力で<邪神>に打ち勝ち、時空の穴をふさぎ、宇宙の理を守って欲しい』  レンはかっと目を見開いた。  体を起こす。薄く水を張った鏡面のような床の上に横たわっていた。  立ち上がって周囲を見回した。  何もなかった。  上も、横も、何もない真っ白な空間だった。ただ真っ平らな、鏡面の床がどこまでも続く。 「俺……。死んだ……?」  ここは死後の世界なのか。 「今の、<神との対話>……?死んでから思い出してどうすんだよ俺……」  ところでどうして死んだんだっけ、とレンは考える。  俺は確か、夜の街を走っていた。  なんで走っていたんだっけ。  そうだ、ヨウを追いかけていたんだ。  なんでヨウを追いかけていたんだっけ?  ヨウは。  いや、違う。  ヨルだ。  ヨウは、ヨルイチだった。  それを思い出した時、ぐっと涙がこみ上げた。    レンがずっと片思いをしていた相手。  男同士だから叶うわけがないと悟りながら、それでも募る想いを消せずにいた相手。  小学生の頃、一目見てなんて可愛い子だろうと思った。  その仕草も、喋り方も、明るい笑顔も、どんな女子より可愛くて、レンの心はときめいた。  でもいつ頃からか――多分、メガネをかけ始めた頃から――、ヨルは笑顔を見せなくなった。いつも怯えるようにうつむいて、人と関わりたがらなくなった。  レンはもう一度ヨルに笑って欲しくて、積極的に話しかけた。  そうしたらレンにだけは笑ってくれるようになった。  レンはそれだけでも嬉しかった。  決して叶わない恋だけど、友達として繋がっていければ、それでいいと。  そして異世界で、ヨルにそっくりなヨウに出会う。  レンは、ヨウに対して申し訳ない気持ちをずっと抱えていた。  ヨウを、ヨルの代わりにしてしまっているのでは、と。  自分は、手の届かないヨルの代わりに、ヨウを抱いているのでは、と。  ヨルにそっくりなヨウに惹かれれば惹かれるほど、罪悪感に苛まれた。  でもまさか、本人だったなんて。  俺はずっと、ヨル本人を抱いていたんだ。  そう考えだけで胸が熱くなった。  あの時も、あの時も。俺はずっと、ヨルの体を。  ヨウの言葉が蘇った。  ――レン好き  屈託無い笑顔で、何度も好きと言ってくれた。  全て、ヨルだった。  レンの顔がかっと赤くなった。  レンは好きと言われて嬉しかった。なのにヨウを好きだと言ってやれなかった。  心の中に、ヨウをヨルの代わりにしているのでは、という後ろめたさがあったから、言いたいのに言えなかった。  本当はヨウにどうしようもなく惹かれ、恋をしていたのに、そうと言えなかった。  もう一度会いたい。  会って今度こそ、好きと言いたい。キスをしたい。抱きたい。何度でも抱いて、抱き潰してしまいたい。  でももう、俺は死んでしまったのか。  そこでレンは、ハッとする。  俺は死んでしまった。  じゃあヨルは?  ヨルは、そうだ、ヨアヒムに捕らえられている。  あのおぞましい化け物に、かつて俺が殺したはずの邪神に……。  ん?  なんだ?  俺が殺した邪神ってなんだ?ヨアヒムって?  いやそんなことはどうでもいい。  助けなければ。  ヨルを助けなければ。  その時、レンの頭上から虹色の光が降り注いだ。  その虹色の光源から声が聞こえた。 『選ばれし者よ。そなたの異世界での死から40日が経過した。異世界で破壊されたそなたの肉体の再構築に成功し、今ようやく目覚めの準備は整った。 かつて<邪神>は一度、一人の<勇者の力>を得た転生者によって倒された。邪神の力は大きく減衰し、時空の穴の威力も衰えた。 しかし今また<邪神>は復活を遂げようとしている。 なぜなら<邪神の花嫁>が再生されたからだ。 <邪神の花嫁>によって、<邪神>は勢力を回復し、再び時空の穴が大きく広がる懸念がある。 選ばれし者よ、すなわち再生されし勇者よ。 目覚めよ。 手にした力で今一度、邪神を倒し、時空の穴を埋め、宇宙の理を守れ。 目覚めに承諾するか?』  生き返れる?  レンの胸が喜びに震えた。  時空の穴も宇宙の理もどうでもいいが、生き返ればヨルを助けに行ける。  レンは天に向かって叫ぶ。 「ああ!目覚める!俺を蘇らせてくれ!」  降り注ぐ虹色がその輝きを増す。  レンは眩しさに目をつむった。  レンの魂は、その光に吸い込まれて行った。

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