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第65話 家路

 家路を目指し、僕たちは山を登った。  なぜ登っているのかというと、山で迷った時は、下山するより登って見晴らしの良いところに出たほうがいいと、どこかで聞いていたからだ。  レンがぼやくように言う。 「しっかし、なんで山ん中に飛ばすんだよ。これ下手したら日本で遭難死ってパターンだな」 「せっかく帰って来たのに!?」  そしてせっかくレンと両思いになれたのに!?  僕は愕然とした。日本に戻った途端に遭難死って、なんなんだその異世界転生、いやラノベ用語的には異世界転移か、とにかく絶対に嫌なエンドだ!    とその時、茂みの向こうから犬の吠え声が聞こえた。  や、野犬とか!?  嫌だ野犬の餌エンドも絶対に嫌だああああ!  僕は思わずレンにしがみついてしまった。  すると茂みの中から、赤い首輪をした茶色い柴犬が飛び出して来た。  こっ、この子は……! 「ワン太ー!?」  ワン太、フェンリルじゃなくて本物のワン太、僕の飼い犬のワン太が、嬉しそうに僕にじゃれついてわんわん吠えた。  そしてワン太のやって来た方角から、複数の人の声と足音が聞こえた。 「誰かそこにいるのか!?」  切羽詰まった男の人の声が問いかける。  僕とレンは顔を見合わせた。互いにうなずき合い、返答する。 「はいっ!いますっ!」  どよめきとざわめきと共に、十数名の、ヘルメットをかぶって上下オレンジ色の作業服のようなのを着た人たちが現れた。テレビでよく見る「捜索隊」の人たちだ。 「二人いるのか!?君たちの名前は!?」 「ぼ、僕が川中依一で」 「嵯峨恋です」  捜索隊の人たちは信じられない、という顔をした。 「嵯峨君まで……!」 「無事か、怪我はないか?体調は?」 「だ、大丈夫です!」 「そうか、とにかく下山しよう。本当に良かった、行方不明者が二人も見つかるなんて。本当に君の犬は素晴らしい、お手柄だ!」  ワン太のお手柄!?  見ればワン太はレンのそばにおすわりをして、その頭を撫でられなんだか嬉しそうにしていた。  あれ?ワン太ってレンにこんな慣れてたっけ?ほとんど面識なかったと思うんだけど。  レンが苦笑いしながら小声で呟く。 「マジかー。えー、そういうことなの?お前、向こうでフェンリルになってた?」  はいっ!?  僕は目をぱちくりさせた。  とりあえず確かなのは、僕達はこれで「異世界から戻ったら遭難死」という意味不明なオチだけは免れた、ということだった。 ※※※  帰還を果たした僕らを、僕らの家族は大歓迎と感涙感動でもって迎えてくれた。  ……のは、当たり前として。  日本中がえらい騒動になってしまった。  「忠犬お手柄!UFO!?神隠し!?御流戸(ミルド)山で見つかった行方不明の二少年」  的な見出しがテレビや新聞や週刊誌で躍って、ネットも騒がせた。  僕が青い光に包まれて異世界に行ってしまった日、なぜか柴犬のワン太も姿を消したらしい。  室内飼いのワン太は、いつものお気に入りの座布団の上で昼寝していたのに、突然いなくなったらしい。家は窓もドアも締め切っていたのに。  きっと僕を飲み込んだ青い光は、その後空間を移動して僕の家にもやってきたのだろう。その時空の穴に、たまたまワン太も落ちてしまったのだ。  そして僕がいなくなってから2ヶ月弱たった頃、ワン太が御流戸(ミルド)山の麓に現れた。ワン太は首輪に連絡先が書かれていたおかげで、僕んちの犬だということが判明した。御流戸(ミルド)山は、僕らの住む県内の田舎エリアにある山だった。  警察は、行方不明になった僕はワン太と一緒にいたのでは、と考えた。そこで急遽、御流戸(ミルド)山の捜索が行われることになった。  そしてワン太は捜索隊の人たちを導くように、見事、僕とレンの居場所を突き止めた、という次第だ。  僕達は警察の人たちには、以下のように語った。  ・学校帰りに青い光に包まれて、気を失った。  ・その後の記憶は無い。  ・気づいたら、御流戸(ミルド)山にいた。  だって「異世界で性奴隷扱いされて追い掛け回されてました」とか言えないじゃん!  この事件は世のオカルト的関心を大いに喚起した。  僕達の服装は行方不明時とまったく同じでまったく汚れておらず、二人ともいたって健康体、髪は行方不明時からまるで伸びていない、などのことも、オカルト的憶測を呼んだ。  しかも御流戸(ミルド)山は古代から神隠しの山として有名で、昨今ではUFO目撃情報も多い山だったらしい。  そういえば、帰還の門のある山の名前は「ミルドジャウ」だったっけ。「ミルドザン」となんとなく名前も似てる。あの世界とこの世界は、どこかで微かに繋がっているのかもしれない。  僕とレンは数日マスコミに追われて大変だったけれど、「行方不明者大量帰還事件」が起きてからはマスコミはそちらの帰還者たちのほうに分散してくれた。  僕達が帰還してから三日後、各地で、かつて青い光に飲み込まれた行方不明者が大量に発見されたのだ。  どうやら全ての転生者が戻って来たらしい。  帰還した転生者たちは、僕達みたいに口を閉ざす人もいれば、あの世界のことを詳細に話す人もいた。  ラガドの娼館で働いていたらしい帰還者は、顔をモザイクで隠されながらテレビ取材にぽつりぽつりと語った。 「ヨアヒムっていう、王のような存在がいて……。そいつが言ったんだ『ヒカル以外の転生者はもういらないから元の世界に戻れ』って……」 ※※※  学校のみんなは、レンの帰還に大喜びした。そりゃそうだ、だってみんなに恋される男だもん。  残念ながら、一年留年ということになってしまったけど。  意外なことに、僕も結構、心配してもらってたみたいだった。  普段話したこと無いクラスメートにも声を掛けてもらえた。  僕は日常を取り戻していった。  取り戻した日常は、前よりもずいぶん、良いほうに変化していた。

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