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第1話
俺、里山二琥(さとやまにこ)は里山家の次男として産まれ、下には弟妹合わせて5人もいるし、父さんは俺が中学の時に病気で呆気なく死んでしまっていた…。
4つ年上の兄貴は大家族が嫌でさっさと家を出てしまったので、弟妹の世話に加えて家事も大半が俺の担当だった。
こうやって言うと「可哀想に」とか「大変ねぇ」なんて声が聞こえて来そうだが…
父さんの保険や遺産で、慎ましいながらも普通に暮らせていたし、高校は無事に卒業して4月からは就職だって決まっていた。
だから俺からしてみれば、人生概ね順調なんだと思っていたんだ……
それが、こんなことになるなんて…
「母さん?話って何?」
普段から家事も育児も適当な母さんが、大事な話があると電話してきたから、俺は何事かと思い少し慌てて帰ってきた。
「っえ?亜嵐?」
「何だよ?母さんも改まって?」
普段は弟か妹の誰かしら居るはずのリビングには、何故か親友の田中(たなか)亜嵐(あらん)が母さんと並んで座っているだけだった。
「まあ、二琥座って」
真面目な顔付きの母さんと、涼しい顔で微笑む亜嵐に少し嫌な予感を覚える。
「何だよ?二人して?」
「あのね二琥。亜嵐君が、二琥をお嫁さんに欲しいんだって♪」
「………っ!………?」
母さんは急ににっこりと笑い嬉しそうに報告する。その口から出てきた単語の羅列が予想外過ぎて、理解が出来ない…
「そう言うこと♪」
普段と変わらないテンションの亜嵐は、肘をテーブルについてニコニコしている。
俺が知らない間に日本語って変わったのかな?
実の母が俺を嫁に出そうとしている。自ら産み落とした、玉のような男の子の俺を…
「そもそも俺、亜嵐と付き合ってないし!」
普通に考えてこのセリフは間違っているだろう。
しかし人は理解を越えた状況下では、少し的外れな事を言ってしまうのだと、俺はこの時知った。
「付き合ってなくたって、俺と二琥との仲だろ?大丈夫だよ♪」
「そうよ~♪お母さんだって、よく知らない人だったら息子をお嫁に出そうなんて思わないわ♪」
「幼稚園の時からずっと仲良しなんだもの♪きっと幸せになれるわよ♪」
いやいや母さん、息子は嫁に出すもんじゃ無いでしょ?
幼稚園で出会った時、クォーターの亜嵐を俺は女の子だと思っていた。
色素の薄い、細いサラサラの髪の毛は肩に付く位長かったし、細く通った鼻筋で薄い唇で微笑む亜嵐を、女の子だと勘違いしていた奴は俺だけでは無かったはずだ。
俺はその頃、何かと俺にくっついてくる亜嵐に淡い恋心を抱いていた。
そして、卒園間際にやっと亜嵐の性別を理解した時に、俺の初恋は誰にも知られないまま終わりを告げた。
だからまだ、亜嵐を嫁になら少し解るが…
って違う!そうじゃない。
令和になっても、まだこの日本は同性での結婚はメジャーじゃないだろ?
そりゃ、何だかんだで誰とも付き合えずにここまで来ちゃったけど…好きになるのは皆女の子だったし、女の子と付き合ってみたいし、エッチだってしたいし、それに18歳で結婚ってかなり早いし、しかも相手男だし、親友と結婚って気まずいし、、、、ん?
「だぁぁぁっ!何だよ?ワケわかんねーよ!」
キャパオーバーした俺は、フラフラと二人の向かい側の椅子に崩れるように座った。
「ふふっ。二琥落ち着けって。ちゃんと説明するからさ」
「何だよ?亜嵐?笑うなよ?」
「ごめんごめん。相変わらず、ツッコミが絶妙にずれてて可愛いなって」
「キモいから!可愛いとか言うなし!」
「良いじゃない?二琥。こんなに素敵な亜嵐君に可愛いなんて言ってもらえて♡」
「私も言って欲しいわ~♡」
「もう!母さんはとりあえず黙ってて!」
母さんの間の抜けた発言に、俺は余計に混乱してくる。
「まあまあ二琥。今まで黙ってて悪かったよ。家の決まりで言い出せなかったんだ」
「はぁ?とりあえず、どういう事なのか説明してくれよ…」
「俺がクォーターなのは知ってるだろ?俺のじーちゃんの国ってのが、貴族は世襲制の国なんだわ」
「んで、俺のじーちゃんってのが結構偉くてさ、俺はその跡取りに選ばれたわけさ」
「亜嵐のとーさんは?」
もうこの際、貴族とかっていうワードは普通の事として受け入れられる程に、俺は混乱の中にいた…
「跡を継ぐには条件が色々とあるから…俺の父さんには無理なんだよ」
「俺が二琥と結婚すれば、俺はじーちゃんの跡を継げるんだ!…二琥頼むっ!俺と結婚してくれ」
灰色がかった綺麗な瞳で、真っ直ぐ見つめられてプロポーズされる。
その表情に、俺は思わずドキッとしてしまった。
「それにね亜嵐君のお祖父様が、私達まで面倒見てくださるんですって♪」
「二琥の父さんの遺産、もう殆ど無いんだろ?」
「えっ?母さん?本当?」
「ごめんね。二琥は凄く頑張って節約してくれてたけど…皆育ち盛りだし、母さんの予想より早く使いきっちゃった♪」
「…はぁ…まじかよ…」
「でもね!この結婚が上手くいったら、亜嵐君のお祖父様が皆の学費も、ツテで就職だって何とかしてくれるって仰ってるのよ♪」
「それにっ♪亜嵐君だって、とっても名誉な地位につけるんですって♪」
「そんな事言われても!…俺の気持ちは?」
「だって亜嵐君といっつも一緒に居るんだから!今までと対して変わらないじゃない?それで皆が喜ぶんだもの♡光栄じゃない♪」
すっかり浮き足立っている母さんには、もう何を言っても無駄の様だった…
「こんな形でのプロポーズになっちゃってごめんな?でも俺、二琥だから結婚したいと思ってる。この気持ちは本当なんだ。…信じて欲しい…」
急に神妙な顔付きの亜嵐を、俺は思わず見つめてしまう…
「きゃ~♡亜嵐君素敵~♡とーさんからのプロポーズを思い出しちゃう♡」
そんな二人の空気を、うちの母さんの間抜けな声が見事に打ち砕いたのだった…
…………
……
そして…
あれよあれよという間に、今日俺は亜嵐の家へと嫁いで来た…
あの後落ち着いてから母さんと話すと、我が家の財政は既に破綻寸前で、俺が就職した所で弟妹5人を育てきれる程の財力なんかちっとも残っていなかった…
何より俺が必死で内定をもらった会社も、巡りめぐって亜嵐のじーちゃんに関わりがあったらしく、俺は内定を取り消されてしまった。
どういう条件か知らないが、なんだか美味しい思いをしたようで、内定取り消しをわざわざ社長自ら俺に連絡してきた。電話口からは感謝感激雨嵐。
一生分位のお礼を言われてしまったので、俺は素直に受け入れる事しかできなかった…
外堀は既に固められてると悟った俺は、家族を養う為に稼げそうな仕事をしている自分を散々想像すると、亜嵐と結婚するのが一番良いように思えてきた。
(亜嵐の事、嫌いなワケじゃないし…)
俺はこの結婚の利点を自分自身へと何度も言い聞かせ、今日から俺は「亜嵐の嫁」としてこの家で同居を始める…
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