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第10話

「亜嵐っ!ちょっ…痛い…」 無言の亜嵐に力強く手首を引かれ、二階へと連れられていく… (亜嵐、絶対雨愛とのこと誤解してるよな…?何処に居たんだろう?…雨愛もいつもは大学に入ってから引っ付いて来るのに…何で今日に限って…) (って、違う!これじゃ浮気してたみたいじゃんか。うっかり変な事口走りそうで何も言えねー…) 言い訳じみた事を考えすぎて言葉が出ないまま寝室の前まで来てしまい、亜嵐が勢いよく開けた寝室へと押し込まれた。 亜嵐は後ろ手でドアを閉めると俺をベッドの上に突き飛ばし、倒れた俺を冷ややかな目で見おろしている… 呆気にとられる俺の上に亜嵐は覆い被さると、俺の唇に食らい付きそのまま舌で強引に押し広げてきた… 口内を確認するように貪ると、俺の喉の奥につかえた言葉まで食らいつくす… 俺は昼間の言い訳も許されないまま、二人の熱気が辺りに漂い始めていた… 僅かに角が顔を出し始めた亜嵐からはあの甘ったるい香りはせず、俺と同じシャンプーの香りが虚しく顔の上を過る… 脇腹から背中へと侵入してきた指は、爪を立てて跡を残そうとしている様で… 受け入れれば良いだけの痛みだったら俺はそのまま受け入れるつもりでいた… でも亜嵐の痛々しい眼差しに気が付くと、辛いだけの口付けを止めさせる為に俺は亜嵐を必死で見つめた… 「…二琥」 俺の視線に気が付いた亜嵐の唇が離れる… 「亜嵐…少し話そ?」 「………」 「誤解…してるだろ?」 亜嵐は俯いたまま黙っていたが、のし掛かるように俺の首元へ顔を埋めた。 「…あの娘は?」 絞り出したような亜嵐の声に、胸の辺りが締め付けられる… 亜嵐の誤解が溶ける様に、俺は言葉を選んで話すつもりだった… 「大学で良く声かけてくる娘なんだけど、いつも距離が近くて…」 「いつも…」 「っ、いつもって言っても、ずっと一緒にいる訳じゃないからな!」 「でも…仲良いんだ?」 「あっちが一方的に…」 「俺から見たら、二琥の彼女に見えたけど?満更でも無いんでしょ?」 「は?彼女って?あり得ないだろ?普通に振り払おうとしたし!」 亜嵐は起き上がると、急につっかえが取れた様にグチグチ言ってくる… 「大学の中までそのまま入ってったじゃん?」 「っ!付いてきたのかよ?…気になったんなら俺に声かければ良いだろ?」 「…何て声かけんだよ?俺の嫁とどんな関係ですか?って聞けば良かった?」 「はぁ?」 「その人俺のだから、あんまり近付かないでって?」 「そんなに露骨に言わなくったって、普通に声かけりゃーいーじゃん!」 だんだんイライラしてきた俺は、思わず声を荒らげてしまう… 「露骨?…俺は二琥が目立つの嫌いなの知ってるし、俺との結婚なんて普通じゃ無さすぎるから…これでも結構気使ってんだよ!…っでも二琥は俺のだろ?…それまで我慢して、声かけろって?…」 「俺のって何だよ?…亜嵐に惚れたって、別に俺はお前のモノじゃねーし!」 亜嵐が俺の気持ちを第一に考えてくれていた事なんて、俺が一番知っていた筈なのに… 俺は何だか言い知れない怒りに任せ、亜嵐の言葉にいちいち突っ掛かってしまっていた… 「…じゃあさ?二琥は俺の何なの?」 「あ゛?嫁だろ?」 「なら、あの娘に旦那がいるからあんまベタベタしないでって言えば?」 「んなこと言えるわけねーだろ!」 「…ほら、二琥は結局俺との事を隠しておきたいんだよ…」 「…っそういう訳じゃ…っつか亜嵐こそ、仕事の事だってはぐらかしてばっかだったし!自分の事全然話さないじゃん?…二人でいたってすぐエロい事ばっかしてきて…俺とはセックスだけ出来ればいいって思ってんじゃないの?」 「二琥…そんな風に思ってたんだ…?」 俺がつい口をついた言葉に亜嵐は俺から目を逸らすと、ベッドの端に座り直す… 背を向けて座る亜嵐の表情が見えないのが凄く不安だった… 亜嵐を傷付けるつもりなんか無かったのに… 「…二琥…もう、やめる?」 「……?」 「二琥の家族は今まで通り暮らしてて良いし、大学もそのまま通えば良いよ…」 「っちょ!…亜嵐?」 「二琥の望む様な彼女も出来そうだし、それなら堂々と周りに紹介できるだろ?」 「亜嵐…?なに言ってんの?」 「だから…俺から解放してあげるって…」 「何でそうなるんだよ?」 「俺はさ…ずっと二琥と居たから、二琥の性格も知ってるし…本当は女の子だって好きになれるのも知ってる。…だから、いくら二琥が俺の事好きになってくれたとしても、普通の恋人とか夫婦みたいに外でベタベタしようなんて思わないよ?」 「……」 「それに…俺は二琥への愛情をセックスで伝えるしか…わかんないんだよ…二琥が俺の腕の中でよがったり、俺の下で鳴いてる時だけは自信が持てるから…それしか知らない…」 「…自信?」 「二琥が悦んで…確実に俺だけを見ているって自信…」 「別に…そうじゃなくても、俺は…」 雨愛が俺に声をかけて来た時も、その声を無意識に亜嵐と比べていたし… 俺には亜嵐を悦ばせる技量は無いけれど、亜嵐が俺とのセックスで悦んでいる事が嬉しかった。 亜嵐とセックスしていても気恥ずかしさが勝ってしまう俺は、亜嵐の様に気持ちを言葉にして伝える事もしなかったし… 本当は欲しくて堪らない時も、快楽に流されている振りを続けていたんだ… 「亜嵐…ごめん」 その言葉に振り返った亜嵐は、そのまま消えてしまうのではないかと思うほどの悲しい目をしている… 「違う…亜嵐がいつも俺の事だけを考えてくれてるのに…俺は気付いてたけど…」 「二琥?」 「変に格好つけて、自分の気持ちさえ素直に言葉にしなかった…」 俺はベッドの端まですり寄ると、亜嵐の肩に頭を預けた… 「…素直になるから…亜嵐はそんな悲しい顔しないで…」 気持ちを伝えようと思っただけで喉元が痛み、鼻の奥がツンとした… 「俺…ちゃんと亜嵐が好きだよ…亜嵐とセックスするのも…好き…だと思う…亜嵐の望む事、上手く出来ないかもしれないけど…応えたいって思ったり…亜嵐が淫魔じゃなくても…気持ち良い事に流されなくても…亜嵐と…」 「…二琥」 「ってか…セックスしなくても一緒に居たいと思うし…亜嵐の声が心地良いなとか…好きって言われてくすぐったいな…とか…これって普通の好きじゃないの?」 「うん…」 「亜嵐の事すげー知ってると思ってたのに…なんかどんどん知らない事出てきて…」 「それにっ!俺だって亜嵐が他の奴としてたの…すげー嫌だった…そりゃ俺だって、雨愛がおっぱい押し付けて来てドキッとはしたけど、ヤりたいなんて微塵も思わなかったのに…」 「ごめん…」 「亜嵐が俺にセックスで愛情伝えてんだとしたら、他でとか…仕事とはいえ…いや…ごめん。」 「良いよ…二琥…俺が悪い」 「亜嵐…俺…自分でもこんなに嫉妬深くて女々しいとは思わなかった…」 先に落ち着きを取り戻した亜嵐は、俺の支離滅裂な話を聞いてくれていた… 何が言いたいのか自分でも良くわからなくなってしまう。俺は過ぎた事を引き合いに出してる女々しい自分に嫌気がさした… 俺が本当に亜嵐に伝えたいのは、言い訳でも嫉妬でも無くて… この気持ちに似合う言葉を探してみたけど、俺にはまだわからなかった… 「いや、俺が言いたいのは…そういう事だけじゃなくて…普通に亜嵐の事…もう友達とかの感覚じゃなくて…その…」 「何?」 「…何て言うか…全部知ってたいし…楽しい時は一緒に居たいし…辛い時は教えて欲しいし…」 「二琥…愛してる…」 「えっ?」 「何か…愛してる…」 亜嵐の言葉に頭が追い付かないのに… その響きを探していた事だけはわかって、不思議な満足感に包まれていた…

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