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第13話

亜嵐の背中を見ながら、二人とも無言で我が家へと向かう… 少し右手を伸ばせば俺の方を振り返ってくれるのだろうけど、そうした所で何から話して良いかもわからなかったし、この距離を変えないまま歩く事にした… そういえば、亜嵐が俺の前を歩く様になったのは何時からだろう? 幼い頃は俺のすぐ後ろを付いてきて、何かある度右肘を後ろから掴まれた。気が付いて振り返ると、安心したようにいつも亜嵐は微笑んで… その顔があまりに可愛かったから、俺は亜嵐を女の子だと思ってたんだっけ… 小学生になって亜嵐を男だと認識した途端、それまで通り右肘を亜嵐に掴まれても、俺は振り返るのをやめた。 普段はまだ男女関係なくごちゃごちゃと遊んでいたのに、亜嵐と俺がくっついて一緒に居る所を誰かに見られるのが、急に恥ずかしくなってしまったから… いつの間にか亜嵐が他の男子と同じ様に俺に絡んで来るようになって… 俺は亜嵐に対する恋心を、自分だけの秘密の笑い話として心の奥にしまいこんだ。 そのうち、隣に居る亜嵐に話しかけるのに俺は顔を上げなければいけなくなった。 理想通りの身長まで伸びなかった俺は、理想を具現化したような亜嵐のスタイルを羨ましく思っていた… でも、どんなに目立つ存在になったとしても、俺の側にいつも居てくれるのが嬉しかったし、亜嵐の親友という立場が誇らしかった。 亜嵐が隣に居るのが当たり前になって、亜嵐なら何を言っても大丈夫だって自信があった。 高校受験を目前にした頃、父さんの病気がわかったけど… 「これからどうしよう?」なんてオロオロする母さんの気持ちを全く無視して、呆気なく父さんは死んでしまった。 普段は何も考えてないような母さんが、見てられないほど泣いていて、暫く俺は泣けなかった… 頼りにしたかった兄貴は、そんな俺たちに振り回されるのが嫌だったんだろうな… 父さんが死んでから、ほとんど家で過ごさないまま一人で暮らしている。 家事をするのも、弟と妹の面倒をみるのも、俺がするのが当たり前になって、それは仕方がない事だったし嫌だとか思った事も無い。 でも時々ちょっとだけ、俺って何の為に生きてるんだろう?って悲しくなる時があった。 家にあがったこともない近所のおばちゃんに「困った事があったらいつでも助けるから」なんて言われても、じゃあ明日からお願いしますなんて言う奴いるのか? そんな社交辞令の親切のせいで更に「ちゃんとした家でいないといけない」と一人で俺は気張っていたんだな… 仲の良かった奴らの中で、亜嵐しか同じ高校に進学しなかったのもあって、家の事情をよく知らない同級生にまで変な同情されたく無かったし、高校での俺は「普通の家庭」の高校生であるように振る舞っていた。俺にとって「普通」が一番安心するから… 亜嵐は父さんが死んでも、「困ったら言って」なんて言わなかったけど、俺の側にいつも居てくれて… よくよく思い返してみると… 短気で言葉足らずな俺を、いつも亜嵐がフォローしてくれていたから、高校にいる間は俺の理想の「普通の高校生」でいられたのかもしれない。 そうだ。 この頃、気が付くと亜嵐は俺の少し前を歩く様になっていた… あり得ない展開で亜嵐と結婚する前からもう、いつも亜嵐に守られていた事に気付くと、何かが喉元まで込み上げてくる… 亜嵐のお陰で家族の心配がなくなって、結婚してからの方が俺の望む「普通」の生活をさせてもらっているし… まあ、亜嵐の存在諸々が「普通」では無いのはこの際置いておいて… 結婚相手と相思相愛なのだから、亜嵐が淫魔であれ何であれ俺は「普通の幸せな結婚」をした。 それなのに、亜嵐が自分自身の事を俺に教えないのは、いつも俺の気持ちを考えて一人で抱え込んでの事だった… 結局どこかで俺は、自分でも自分を「可哀想な境遇」だと思っていたんだろう… だから亜嵐が甘やかしてくれる事を当たり前に受け入れてばっかで… 亜嵐はいつも自分の事を隠していると憤っていたけど、亜嵐は自分の気持ちなんかじゃなくて、俺が亜嵐に甘えられる様に気を使っているだけだったんだ… それなのに俺は何かにつけて亜嵐の気持ちに甘えるだけで、こんなに何にも無い俺を… 亜嵐はなんでこんなに想ってくれるのだろう… そんな事を考えているうちに、不安が込み上げてきた… だから、亜嵐越しに見えた我が家に一刻でも早く入って安心したかった。 「ただいま…」 俺の久しぶりに発した声に、亜嵐が驚いて振り返る。 見慣れた顔と、いつもの我が家の匂いで少し安心感を覚えた… より一層安心したくて、俺は亜嵐の事を抱き締めた… 「二琥?」 「ごめん…ちょっとこのまま」 亜嵐の鼓動が額の辺りから響いて、いつも通り俺の気持ちを察した様に、亜嵐の腕が俺の事を包む… 俺は決意を込めて亜嵐を見上げた… 「亜嵐!俺大丈夫だから!」 「え?二琥?」 「一緒に行こう!…あっちでも儀式?あるんだろ?」 「どうしたの?急に…?」 「…俺…亜嵐の背中見ながら帰ってきて…何かすげー悔しい…亜嵐が俺に自分の事色々教えないのは、全部俺の為なんだろ?」 「…?…そういう訳じゃないよ?」 「そうやって!…いっつも俺が傷付くと思って先回りしてんだよ!…でも、俺…亜嵐の為なら大丈夫だから!」 「…二琥?…落ち着いて?雨愛の事は、俺が原因だったんだし…そんなに気負わなくても…」 「落ち着いてるしっ!もう、雨愛とか関係ないんだよ!…俺言っただろ?辛いときは教えて欲しいって!…でも、俺に関わる事だと亜嵐は絶対一人で抱え込むじゃんか!」 「………」 「そうじゃなくて俺は!…俺は…亜嵐と一緒に乗り越えたいんだよ…」 思いが溢れて相変わらずめちゃくちゃだけど、必死で自分の気持ちを亜嵐に伝える。 少し驚いていた亜嵐が、俺を抱き締める腕に力を込めた… 「ありがとう…二琥…」 「なんだよ…結局俺は、自分の事ばっかで…何も亜嵐に出来てないのに…亜嵐はずっと俺の事想ってくれて…」 「うん…」 「俺ができる事なら、何でも…いや、出来ない事だって亜嵐の為なら何だってするから…」 「くくっ…うん…」 「笑うなっ…だから…俺の前じゃなくて、いつも隣にいて欲しい…その為なら何だって出来るって言ってんの!」 「うん…ふふっ…くくくっ…」 「ねぇ亜嵐?…俺真面目に…」 「二琥ってさぁ…本当っ…」 「なんだよ?」 「可愛いから心配…」 「だから!」 「ねぇ…俺さ、二琥が居てくれるなら王座とかどうでも良いんだけど」 「は?だって…跡継ぎだって…」 「二琥の事、一人占めできたらそれだけで良いよ」 亜嵐は真っ直ぐな瞳で俺を見据える… 鼓動が跳ねて少し戸惑ったが、俺はもう… こういう亜嵐には付き合わないって決めたんだ。 「またそうやって、一人で決めんの?…それに、亜嵐のじーちゃんの気持ちは?」 「それは…」 「それに亜嵐自身はどうなりたいの?…俺は亜嵐が望んだ未来の隣に居たいんだよ!」 「…二琥…でもっ」 「んあー!もう、行こう!今すぐ行こう!…どうせ俺に教えて無いだけで、その辺からあっちに行けるんだろ?」 「それは…行けるけど…」 「っく…ほらっ!さっさと行って、儀式でも何でも済ましてこようぜ!」 「二琥…そんな…勢いで…」 「大丈夫だからっ!結婚してすぐは、亜嵐だって乗り気だったじゃんか?」 「あの頃は…二琥と気持ちが通じるなんて思って無かったし…」 「儀式って言ったって、痛いもんじゃ無いんだろ?」 「うん…痛くは…ないよ…っでも!二琥、今までのとは訳が違うから…ちゃんと教えるっ…」 「嫌だ!…俺はもう決めたの!…雨愛の話で十分嫌な予感はしてるから!…また覚悟がぶれて女々しく悩む位なら、何も聞かない方がまし!」 「二琥…どうしてそうやって、いつも変な所で突っ走っちゃうんだよ…」 「んあー!うるさいっ!あんまグチグチ言ってっと先に一人で行くからな!」 「二琥…それは無理だし…絶対やめて?」 俺はいっつもそうだった。 その場の感情に任せて突っ走っては… いざとなった時に後悔する… 早い所このクセは治さないといけないな…

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