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第14話
「じゃあ行くよ?」
「…っ…おう…」
廊下の奥の入った事のないドアに、亜嵐が手を掛けると冷やっとした空気が足首に触れる…
「冷たっ…っは!…ここもう魔界…なの?」
「ここは…階段だけど…二琥?本当に大丈夫?」
「…は?…大丈夫だって!」
さっきから亜嵐は何度も確認してきてしつこいから、俺は亜嵐を避けて先にその階段を降りようとすると…
「二琥!ダメっ!…俺が先に行くから!…お願いだから向こうでは突っ走らないでね?」
「……」
弟妹達と一緒に連れてかれた予防接種とか、あいつらは行きたく無いってごねたりしてたけど、一番嫌だと思っていたのは俺だと思う。
でも俺は「お兄ちゃんだから」とかそんな理由じゃなくて、一番先に終わらせていた。
嫌な事程とっとと終わらせて、早く楽になりたかったから…
亜嵐の後に続いて階段を降りて行くと、全身が冷たい空気に包まれて、心拍数が上がっていく…
後ろを振り返って見上げると、遠く見える入り口の光が懐かしかった…
「亜嵐?…これさぁ、何処に出る感じ?」
「ん?俺の部屋」
「そっかぁ…亜嵐の部屋…」
「二琥と暮らし始めてからは、殆んど帰ってないけどね?」
魔界での亜嵐の部屋…
薄暗くて蝋燭が揺れていて…
髑髏のオブジェとか…
何かで見たそんな部屋を想像していた…
「二琥?着いたよ?」
「っあ…うん…」
階段の終点の目の前にあるドアを、亜嵐がグッと押し開ける。
そのドアは想像とは違い、我が家のに似ていて普通だったが…
我が家のドアよりも重そうな音を立てていた。
「どうぞ?」
亜嵐に促されその部屋の全貌を目にすると、俺は目を見開いた…
「えっ?…ここ?」
「二琥の想像と違うでしょ?」
「うん…って、俺の想像…声に出てた?」
「っふ…声に出さなくても、二琥の考える事位わかるし…」
亜嵐の好きそうなシンプルな家具は、白と黒でまとめられていて…
我が家のリビングよりも広いワンルームは、スッキリとした印象だった。
部屋の端にはキッチンカウンターがあり、高そうな大理石の天板は床と揃えられている。
お昼の番組で良くやっている、タワマンとかの家賃当てクイズで紹介されるような…
ホントそんな部屋だった…
「ってか、めっちゃお洒落じゃん?」
「ふふっ…二琥気に入った?」
「うん!…めっちゃすげー、金持ちの家だ!」
「くくくっ…良かった…とりあえずこの部屋に居て?…急に来ちゃったから、俺ちょっと色々と済ましてこないと…」
「え?…俺も一緒に…」
「まだダメっ!本当…危ないから、マジでこの部屋から出ないでよ?」
「危ないって…」
「それに、いきなり行ってじーちゃんに挨拶する気?」
「あそっか!って!ねぇ?亜嵐…どうしよう…俺…嫁なのに手土産も何も持って来なかった…」
「くくくっ…二琥~突っ走るからぁ」
「どうしよう…一回帰る?」
「くはっ…じーちゃんは大丈夫だと思うけど?…良いよ?一回帰ろう!…やっぱ色々と不安なんでしょ?」
「…っ…大丈夫なら大丈夫だよ!」
亜嵐がまた片眉を上げながら尋ねてきたので、不安に思ってることを悟られないように、亜嵐の部屋を探索することにした。
それにしても、Tシャツに短パン姿で、手土産も持たずに来てしまうなんて…
魔界に来るって事は儀式とかだけの話じゃなくて、亜嵐の親戚関係に結婚の挨拶とか…
魔界に風習が在るかはわからないけど、人間の常識として考えればわかることだったのに…
亜嵐の手を煩わせる事になってしまったし、自分が不甲斐なくて情けない…
キッチンの大理石を撫でながらそんな事を考えていると、ドアをノックする音が部屋に響く…
その出所は、さっき入って来たのとは違うドアからだった…
「亜嵐様?お戻りですか?」
「あぁ…ちょっと待って、今行く…」
亜嵐が内側の鍵を回してドアを引くと、燕尾服が目に入る。
そこには浅黒い肌に白髪の紳士の姿があった。
白髪の間からは2本の角が生えているが、その格好と佇まいを見て、紹介される前から執事なのだとわかる。
「初めまして二琥様。私代々王家にお仕えさせて頂いております、執事の鷲尾(わしお)と申します。」
「…っあ!初めまして…亜嵐と結婚させて頂いた…二琥です」
改まった挨拶に応えた事等無かったから、どぎまぎしながらも、とりあえず深々とお辞儀をした。
「あぁ、そんな!お顔をお上げください…二琥様…お会い出来るのを楽しみにしておりました…」
「あっ…そんな…ありがとうございます!」
「ふふふっ、亜嵐様に聞かせて頂いていた通りの可愛らし方だ…こちらにいらっしゃったと言うことは、ご決意が固まったと言うことで宜しかったですね?」
「っ!鷲尾、その事でちょっと相談があるんだけど…その…二人で…良いかな?」
「おっと…これは失礼致しました。亜嵐様と二琥様の気配を感じたもので…嬉しくて先走ってしまいましたかな?」
「えっ?…亜嵐、俺なら大丈…」
「ちょっと二琥は待ってて!…いい?絶対この部屋から一人で出ちゃダメだかんな!」
亜嵐は鷲尾さんを押し出し部屋から出ていくと、ガチャリと外から鍵をかけた…
そりゃ結構ビビってはいるけど、俺は覚悟を決めて来たっていうのに…
亜嵐は何にも協力させてはくれなくて…
少し不服に思いながら、どすんとベッドに腰掛ける。
(想像と違って普通の部屋だったし、以外と魔界自体も普通なのかもな?)
窓の無いこの部屋からは、外の様子を確認する事は出来なかった…
(鷲尾さんも、イメージ通りの執事って感じだったし…)
いつの間にか魔界に対する恐怖が薄れ…
ふつふつと興味が湧いてくる…
(この部屋、逆にお洒落過ぎて…全然面白くないな…)
部屋を一通り見渡して、早くも俺は飽き始めていた…
…………
……
「亜嵐様。改めましておめでとうございます。暫くお会いしない間に、十分すぎるほど魔力が増えてらっしゃるようで…鷲尾も安心しましたよ」
「ありがとう…全部二琥のお陰なんだ…」
「ふふふっ…亜嵐様は小さい頃から、二琥様のお話を沢山してくださいましたもんね?思いが通じたのですね?」
「うん…」
「それでは早速氷寿(ひょうじゅ)王様…お祖父様に…」
「っちょ…待って?……実はさ、儀式の事…二琥に何も説明してないんだよ…」
「失礼ながらお二人の様子をお祖父様と一緒に拝見させて頂きましたが…全てお済ませであられるかと…」
「やっぱり…じーちゃんも見てたのか…ならわかるでしょ?…二琥はあんなこと出来ないって…」
「そうですね…二琥様は恥ずかしがり屋さんですもんね…」
「ねぇ?…どこまで見てたの?」
「ふふふっ…」
「はぁ…そんな気はしてたけど…まぁ、だからさ…この際俺もう王座とか放棄しようかと思って…」
「何を仰いますか!」
「二琥にちょっとでも嫌な思いさせる位なら、別に王様になんなくて良いし…そうだ!雨愛も狙ってるらしいし、あいつがなれば…」
「あれには無理だと亜嵐様にもわかるでしょう?」
「…っく…」
「それに、二琥様がそんなに嫌がられてるんですか?」
「二琥は…人の話良く聞きもしないで、何か突っ走り始めちゃって…あーなると二琥聞く耳持たないし、とりあえず連れて来てみたけど…」
「なら良いではないですか?…別段辛い儀式でも無いのですし、普段通りのお二人で大丈夫なのですから…それに、亜嵐様が二琥様と儀式を交わせば…その強力なお力で我々も安泰なのですよ?」
「……でも」
「二琥様にきちんと話せば良いでは無いですか?」
「それが出来ないから困ってるんだろ?…二琥は優しいから…どんなに嫌でも我慢しちゃうと思うし…それなら人間落ちでも何でも良いから…俺がこの立場棄てれば…」
「では亜嵐様は、一族丸ごと見捨てられると言うことですね?」
「それは……」
「氷寿様が肇(はじめ)様を亡くされてからもう百年以上経っているんですよ?…お力が衰えてきた今…王族を狙う輩もいつ現れるやもわかりません。奇跡の様な条件を満たされた亜嵐様が、そのお力を示していただかない事には…」
「でも…二琥に辛い思いをさせたくない!」
「亜嵐様?儀式が嫌だとかそんな子供じみた理由で辞めれる話でない事はわかってらっしゃいますよね?…亜嵐様が無理ならば、この鷲尾が二琥様に話して参りましょう。亜嵐様より二琥様の方がよっぽど我々の事を考えてくださるでしょうし…」
「くそっ…だから嫌なんだ…」
「……うわぁぁぁ…まじっ…やめっ…」
「…ねぇ鷲尾?…今二琥の声しなかった?」
「ええ、ただ事ではなさそうですね…急ぎましょう…」
…………
……
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