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第16話
カラダが包み込まれる様な柔らかさで、太ももの裏に直接触れている生地が何とも気持ち良い…
このソファーならこのまま寝てしまったとしても、朝スッキリと起きられるだろう…
でも今は…
このソファーの殆どをムダ遣いするように、その中心部だけを使用している…
真ん中に座らされた俺の右側は、亜嵐のカラダの左側面が隙間も無いほどピッタリとくっついて…
亜嵐が俺に寄り掛かる重さで左側へと体重がかかったところで、こちらには柔らかいローブを着たじーちゃんが俺を抱きしめるように座っていた…
二人に挟まれて身動きの取れない俺は、亜嵐に頭を撫でられるのも、じーちゃんに太ももを撫でまわされるのも、さっきからずっと受け入れている…
じーちゃんの手がどさくさに紛れて俺の足の間を撫ではじめると、亜嵐がピシャリとその手を叩き、じーちゃんは渋々その手を離す…
じーちゃんの替わりに亜嵐が俺に抱き付く様な体勢になると、今度は亜嵐に太ももや腹の辺りを撫でまわされた…
撫でる太ももを亜嵐に取られたじーちゃんは、仕方がなくそのまま俺の頭を撫で始めたが…
俺は二人から抱き付かれて、より身動きが取れなくなっていた…
「ふふふっ…御二人とも…二琥様が苦しそうですよ?」
鷲尾さんは部屋に戻って来くると、この様子に目を細めながらカップを三つテーブルに並べてくれている…
「だって二琥があんなに泣くなんて…こんな傷まで付けられて…」
「よしよし…もう怖くないからの…」
亜嵐は俺の右のこめかみに軽くキスをすると、ちゃっかり俺の左耳を舐めようとしたじーちゃんの口を右手で制した…
…………
俺を助けてくれたのがじーちゃんだと分かってすぐ、亜嵐と鷲尾さんも駆け付けてくれたのだったが…
亜嵐の顔をみた途端強張っていた身体が緩み、駆け寄って抱き締めてくれた亜嵐の体温を感じると、俺はわんわん声を上げて泣いてしまった…
こんな風に泣けるなんて自分でも知らなかったし、頭の何処かで恥ずかしいなんて感じる余裕も無くて、しばらく亜嵐の胸の中で反響する自分の声を聞いていた…
亜嵐に抱き締められたまま、どうやったかはわからないけど、この部屋に連れて来てくれたようで…
俺が少し落ち着きを取り戻すと、側で座っていたじーちゃんも近付いてきて亜嵐と同じように俺をあやし始めた。
もう勝手に何処かへ行くはずも無い俺を、二人はすごく心配しているようで…
暫く離してくれるつもりは無いようだった…
冷静になってきた俺は、自らの浅はかな行いを恥じて顔を上げる事が出来なくて…
たとえ亜嵐がどんなに重くても、じーちゃんの手付きが次第に怪しくなっても、そのまま受け入れている…
「それにしても…二琥が襲われるなんて…じーちゃんどうなってるんだよ?」
「二琥君…ごめんよ…じーちゃんの力が弱まったばっかりに…」
「いやっ!俺が…その…亜嵐は危ないからって言ってくれてたのに…言うこと聞かなかったせいで…」
「くそっ…やっぱり二琥から目を離すんじゃなかった…こんな傷…付けやがって…」
「亜嵐…大丈夫…めっちゃかすり傷だし…」
俺の腕にできた二本の引っ掻き傷は、じーちゃんが助けてくれたお陰で出血もせず、僅かに跡がついている程度だったが…
亜嵐はそこを何度も擦り、今にも舐め始めそうだった…
「まぁまぁ…本当にご無事で良かった…二琥様もお疲れでしょう…どうぞ?紅茶が冷めないうちにお召し上がり下さい」
鷲尾さんが空気を読んでくれたお陰で、やっと顔をあげられた俺は、二人に少しだけ解放されて目の前に用意してもらったカップを手に取った…
勢いで魔界に来ることになってから、もう半日以上何も口に入れていない…
薄いカップにそっと口をつけ一口飲み込むと、俺の食道と胃の辺りに温かさが広がった…
紅茶の良い香りが鼻から抜けると、鼻の奥に残るアンモニア臭を少しだけ追い出してくれる気がして嬉しかった…
温かい安心感に包まれた俺は、紅茶をそのまま一気に飲み干した…
「二琥を襲ったのって…まさか…」
「すまんの亜嵐…そのまさかなのだよ…」
「だって前はあんなの数える程しかいなかったし…それに此処の結界の中に入って来られる筈が…」
「亜嵐様…お祖父様のお力の話は先程も…」
「…そんなになの?」
「信じられないのであれば、ご自身の目で…」
「ふぉっふぉ…情けないのお…」
亜嵐は眉間に力を入れ顔をしかめると、瞳だけがいつもの深い赤色に変幻した。
その姿を愛おしそうに見守るじーちゃんを見て、亜嵐はハッとすると下唇を噛み締めている…
「そんな…なのかよ」
俺には何の話だかわからなかったけど、亜嵐が悲しそうなのは良くわかる。
状況が分からない俺は、誰に何て声をかけたら良いのかわからずにいた…
「亜嵐?そんなに悲しそうな顔をするでない。私はちゃんと老いた事が幸せなのだよ?」
「でも…」
「亜嵐様?…二琥様が不安そうにしてらっしゃいますよ?」
「…っあ…ごめん二琥…ちょっと俺…」
「そうですか…では鷲尾から二琥様にご説明させて頂いて宜しいですね?」
「…うん…頼む…」
「二琥様…今、亜嵐様は氷寿様の魔力を見てらっしゃったのです…」
「魔力?…が見えるんですか?」
「そうです。我々はお互いが何れだけの魔力を纏っているかで、相手の強さを判断します…王位につくような氷寿様や亜嵐様程になれば、自然と漏れでる魔力だけで、普通の魔族でしたら恐れをなして近付きもしなかったでしょう…」
「亜嵐って…そんなに?」
「ふふっ…二琥様のお陰ですけどね?」
「いやっ…そんな…」
「…氷寿様も肇様…あっ、肇様は氷寿様とご結婚なされてた人間の方なので、亜嵐様のもう一人のお祖父様になりますね…肇様がご存命の頃はそれはもう強力な魔力をお持ちでらして…」
「じーちゃん達も初恋実らせたんだもんな…」
亜嵐は思い出した様に寂しく笑い、じーちゃんも黙って頷いていた…
「そうですね…あの頃がつい昨日の様ですが…もう肇様がお亡くなりになって百年以上経っていますから、氷寿様の魔力も最近は段々と弱く…」
「百年以上…?」
「ふふっ…二琥君はそんな顔をしないでおくれ?…どんなに年月を重ねても寂しさは増すばかりだが…魔力が減って老いを感じるのは嬉しくもあるのだよ?」
「減ってきているとはいえ、それでも強力な魔力の持ち主であられた氷寿様のお力で、我々の種族は長いこと統率が取れていたのですが…最近は何やら不穏な輩もちらほらと出始めて…」
「…さっきのみたいな?」
「そうです。アレは我欲に堕ちて言葉も通じなくなった部族で…お互いで欲を満たすだけの獣の様な者なのです。本来なら人間から精液を摂取する事さえ忘れて魔力も殆ど持たないので、結界をくぐり抜けて此処まで入ってくる等、考えられない事なのですが…」
「俺の残り香のついた二琥を狙って?」
「…だと思います。後は…」
「私の結界が弱って、穴が出来たんだろうな…」
「…私からは大変申し上げにくいのですが、鷲尾もその様に考えております…」
「老いには抗えんからの…二琥君が襲われてしまったのは唯一の後悔だがね…」
「っ!俺のせいなのに…ごめんなさい…」
「二琥を放っておいた俺が…って、過ぎた事を話してる場合じゃないよな?」
「…ええ。私も、もう事が起こるとは…やはり、一刻も早く亜嵐様にそのお力を示して頂く儀式を…」
「………」
「すいませんっ!…ちゃんと教えてもらったのに…いまいちピンときてなくて…っ!でも、俺と亜嵐がこっちで儀式?をすれば解決するって事ですよね?」
「そうなりますね…」
「っ!でも二琥には…」
「亜嵐っ!…俺、亜嵐の望む未来の隣に居たいって言ったよね?…その儀式って、俺じゃまだ役不足なの?…それなら俺っ…努力するし…」
「亜嵐が本当に二琥君の事が大事なのは…私もよくよく知ってるからの…それに、私も肇との儀式は中々踏ん切りがつかなかったしな…」
「じーちゃん?」
「肇も今の二琥君の様に…私の背中を押してくれた…お陰でそれからは魔族とは思えんほど平穏に暮らせたんだよ…」
「………」
「ただ、可愛い孫達が傷付くのは嫌だからのぉ…亜嵐?…二琥君にきちんと話して、二人で決めて良いぞ?」
「っ!氷寿様…もし、それで本当に亜嵐様が跡を継ぐのを辞めてしまわれたら?…っ折角このような強力な魔力をお持ちなのに…」
「ふぉっふぉ…その時は鷲尾も一緒に考えておくれ?」
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