3 / 29

第3話

 昨夜は、ほとんど眠れなかった。  ただ涙を流し、いたずらに夜を明かした。  思い出すと、また泣けてくる。  翼は、指で瞼を押さえた。  そんな彼に、和哉は冷凍庫から出した保冷剤をハンカチに包んで翼に渡した。 「これで、少し冷やすといいよ。人が見たら、驚くだろうから」 「そ、そんなに酷い顔してますか、僕」 「何かあったの?」 「いえ……」  黙って保冷剤を目に当てる翼だが、訳ありの匂いがぷんぷん漂っている。  和哉は気軽さを装って、翼を誘ってみた。 「業後、空いてる? よかったら、食事に付き合って欲しいんだけど」 「いえ、その」 「奢っちゃうよ? 給料出たばかりだし」 「でも」  否定も肯定もしない翼の返事を、和哉はいいように利用した。 「じゃあ、決まり。残業入れないでね。楽しみにしてるから」 「あ、はい。ありがとうございます!」  そこで和哉のコーヒーが、最後の一滴まで落ちた。 「コーヒー、ありがとうございました」 「うん。いいよ」  給湯室から出て行く翼を見送り、和哉は苦味の強いコーヒーを口にした。

ともだちにシェアしよう!