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第6話 触れずにはいられない【柏木】

 新緑の間を吹き抜ける風は心地良いが、日差しが強まり、少し屋外で身体を動かすと汗ばむほどの陽気と共に、六月がやって来た。制服も、夏服に衣替えとなった。  八月半ばに控えた全国吹奏楽コンクールに向けた練習も、次第に熱を帯びて来た。多くの高校では、コンクールの指揮は、顧問の音楽教師が()る。(まれ)に、生徒が指揮を執る場合もあるが、殆どの学生指揮者は三年生である。  青陵高校ブラスバンド部は、コンクールでは生徒がタクトを振る伝統を守っている。今年の夏は、異例だが、三年生ではなく、二年生の柏木が指揮を執る。彼のリーダーシップを認めた三年生が、全員一致で賛同した。  これを受けて、熊谷は、一年生の草薙を、コンクールメンバーに抜擢したいと言い出した。師匠である柏木も口添えしてほしい、と熊谷から頼まれ、草薙への説得の場に同席することになった。  「本来なら、トロンボーンは最低三人は欲しいんだ。けど、柏木は指揮をするから、演奏はできない。コンクールは、出場人数の上限はあるけど、今のところ枠はありそうなんだ。最悪、柳沢と俺の二人でやるつもりだったけど、今の草薙なら、俺たちも、自信を持って推薦できる。いや、むしろ、トランペット経験がある分、高音は、俺たちより草薙の方がうまいくらいだと思ってるんだ」パートリーダーの熊谷は、ニコニコしながら草薙に説明した。  「まだトロンボーン始めて二ヶ月の僕が、一年生のうちからコンクールに出してもらえるなんて、嬉しいですけど、ホントに僕で良いのかな? って思ってしまいます」草薙は、困ったように眉を八の字に下げ、楽器磨き用のクロスを両手できゅっと握り締めた。  生真面目にシャツの裾をスラックスに仕舞い込んでいるので、若々しい鹿のような細い腰が強調されている。  無垢なつぶらな瞳で見上げてくる彼の姿は、確かに、愛くるしい子犬みたいだ。  無意識のうちに、目の前の草薙と、彼と同い年の自分の恋人・桜井を心の中で比べていた柏木だった。  桜井は、猫のような瞳や姿態で、十六歳になったばかりにもかかわらず、男を手玉に取ってしまいそうな色気がある。  それに対して、草薙は、同級生とじゃれている様子などは、本当に子犬のように無邪気で、その(たたず)まいは、少年の清潔さだ。  1か月ほど前に、練習熱心な草薙が、珍しく朝練を休んだ日があった。その日は、放課後の練習でも明らかに様子がおかしかった。自分に対する態度も、よそよそしかった。しかし、翌日以降は、いつも通り『圭先輩』と呼んでくれるし、特段、体調・メンタル的な問題も無さそうに見える。  ある日の放課後。トロンボーンパート四人が、同じ教室で、各人が思い思いに練習している中、柏木は、草薙の様子を観察した。  コンクール出場メンバーに正式に決定した草薙は、これまで以上に熱心に練習に打ち込んでいる。  (あぁ、あいつ、今日は吹き過ぎだなぁ。姿勢が悪くなっているし、表情も疲れてる。そろそろ止めないと・・・)  「草薙。今日は、楽器吹くのは終了な。身体にも余分な力が入ってる。顔と身体をストレッチして。明日に疲労が残らないように、よくマッサージしろよ」と、柏木が声を掛けると、草薙は、素直に頷いて、楽器を下した。  その額に光る汗を腕で拭くと、まだそれほど体毛がない少年のような(わき)が、半袖シャツから無防備に覗き、柏木は、思わず目を()らした。  草薙は、柏木の疚しい気持ちを知る由もなく、細い指先で、自分の頬や顎をムニムニとマッサージしている。  「・・・もう少し、力を入れた方がいい。・・・これぐらい。」柏木は、草薙の指先をそうっと彼の顔から外すと、自分の指で、彼の頬や顎を包み込み、優しく揉みしだいた。  (草薙の唇、少し腫れてる。やっぱり、今日は吹き過ぎだな。けど、赤く濡れてて、ちょっと色っぽいな・・・。それに、なんか、この姿勢、キスしようとしてるみたいだな・・・。)知らず知らずのうちに、草薙の唇に見入っていると、 「あ、あの、圭先輩。僕、大丈夫です。自分で、できますから」草薙が、少し頬を赤らめ、当惑気味に声をあげた。 「ん・・・、そっか。強さはこれぐらいな。あとは、ちゃんと自分でやっとけよ」と、ハッとしたように、草薙の顔から手を離した。同性の後輩の肌に触れてエロティックな想像をしてしまい、柏木は内心慌てた。  「圭、お前、過保護だな~」と、半ば呆れたような柳沢の声が、後ろから聞こえる。  くるりと背を向け、自分の楽器ケースから、ゴソゴソ何かを探している柏木の後ろ姿を、こっそりと盗み見ながら、草薙は、マッサージを口実に、羞恥(しゅうち)で赤らんだ顔を手で隠した。  (圭先輩の触り方とか、僕を見つめる目が、なんだかセクシーな気がして、落ち着かないよ・・・。でも、僕の気のせいだよね・・・? 圭先輩と桜井のあんなところ見ちゃったから、つい、いやらしいこと考えちゃうよ・・・)

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