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最終話 未来へ【草薙】
青陵高校に、また、新しい春がやって来た。
「これより、第XX回 私立青陵高等学校 卒業式を始めます。それでは、卒業生、入場」
一年前に、柏木を送り出した自分たちが、今度は送り出される番になったことを感慨深く思いながら、草薙は、卒業生として、後輩たちの演奏する「威風堂々」にあわせて入場した。
ブラスバンド部の横を通る時は、部員一人一人に目線を送り、目だけで「今までありがとう」と、伝えた。特に、同じトロンボーンパートで二年間を共に過ごした三枝と松原は、草薙からの微笑みに、眉を下げて泣きそうな顔をしている。
あっという間の三年間だった。
指揮者の柏木に憧れ、その背中を追い、ようやく追いついたかと思ったら、先輩たちが引退し、迷い悩みながら、後輩たちと共に、新しいブラスバンド部の姿を模索した。
初めての恋をした。
片想いの切なさも、
両想いになって、少しずつ互いの心と身体を知っていく嬉しさも、
嫉妬で身を焦がす苦しさも、
仲直りの涙の甘さも知った。
ユニフォームも制服も、入学当初に着ていたものは、とうに小さくなり、草薙の身体は、一回り二回りと大きく成長した。
入学当初は、先輩や同級生の愛玩の対象として「トイプーちゃん」と呼ばれていたのが、下級生たちや近隣の女子高生から、憧れの眼差しで「スミレ王子」と呼ばれるようになった。
無自覚に、女性に思わせぶりな言動を取ってしまい、モテ男の先輩・柳沢から、『王子としての自覚を持て』と窘 められたこともあったが、今では、かなりスムーズに女性からのお誘いを躱 せるようになった。
入学以来の親友・竹下からは、
「菫 、どうすれば、そんなにモテるのか、教えてくれ」と、半ば冗談、半ば本気で言われるようになった。
当初は、柏木への叶わぬ想いを、いつも彼に聞いてもらうばかりだったが、最近は、彼の恋愛相談に乗ってあげるようになっている。
竹下の目下最大の関心事は、青陵大学で同級生になるはずの、近隣の女子高のブラスバンド出身の女の子と、いかにお近づきになるか、である。
「菫! お前も青陵大学のオケに、一緒に入ってくれるよな? そして、俺が、白鳥カオリちゃんと、仲良くなれるよう、お前も協力してくれるよな? な?」
「カオリちゃんは、いい子そうだから、まぁいいよ。・・・でも、あの子のお姉さん、けっこう強烈なキャラだからね。ホントにカオリちゃんでいいかどうか、お姉さんを見てから決めた方が良いかもよ」
カオリちゃんの姉に、グイグイ迫られた苦い思い出は、今も草薙のトラウマになっているようだ。
卒業式が終わり、教室での一通りのイベントが済み、竹下と連れだって音楽室へ向かうと、ブラスバンド部の下級生たちが、目をウルウルさせて、駆け寄って来る。
「草薙先輩! 制服のボタンください!」
「僕は、先輩のネクタイが欲しいです!」
「じゃあ、俺、ボタン無くていいから、ブレザーください!」
「えっ、じゃあ、僕は、ベルトで!」
草薙は、苦笑しながら、「わかったよ。ボタンもネクタイもブレザーもあげる。でも、ベルトはダメだよ。ベルト無しだと、間抜けな恰好になっちゃう。僕、この後、出掛けられなくなっちゃうからさ」と、気前よく、ネクタイを外し、ブレザーを脱ぎ始めた。
(かっ、
カッコいい・・・・・・。)
細身ではあるが、肩回りと胸や肩甲骨回りにはしっかり筋肉が付き、引き締まったお腹と腰回りに向かって綺麗に逆三角形を描く上半身が、シャツ一枚の姿で強調され、後輩たちは、頬を赤らめ、うっとりと草薙を見つめた。
「えーっと。もう、青陵高校の卒業生なのか、よく分からない恰好に剥かれてしまった後に、申し訳ないんですけど。
草薙先輩、前部長として、在校生へ一言、ご挨拶をお願いできますか?」
草薙の後を継いで部長に就任した三枝が、苦笑いしながら、挨拶を促した。
卒業生と在校生、ブラスバンド部全員が揃った音楽室を見渡し、草薙は、ふわりと微笑んだ。
「自分は、何者なのか。
ブラスバンド部の仲間たちと、何を表現したいのか。
考えたり、動いたり、みんなと議論したり。
時には、意見が合わなくて、喧嘩寸前まで行ったりしたこともあったし、悔し涙も、嬉し涙も、たくさん流しました。
こんなに一つのことに熱くなれたのは、僕は、人生で初めてでした。
こんな素晴らしい三年間を僕にくれたのは、皆さんです。本当にありがとうございました。
ぜひ、これからも『自分の高校生活は、ブラスバンド部のお蔭で、最高だった』って言えるような、痺れる経験をしていってください。
僕も、隣の青陵大から、青陵高校ブラスバンド部のOBとして、応援しています。そして、新しい部長の三枝を、皆さんで支えてあげてくださいね。」
ニッコリ三枝に目線を送った後、草薙が頭を下げると、卒業生も在校生も、万感の思いのこもった表情で、一斉に拍手をした。
「おーい。菫ー。そんなカッコでいいのか? この後、圭先輩とデートじゃなかったっけ?」
呆れ顔の竹下に、草薙は、はにかんだように答えた。
「うん。僕、着替え、持って来てるんだ。圭先輩も、去年、後輩にネクタイとかブレザーあげちゃって、帰り道寒かったから、そうした方が良いって。」
(・・・さ、さすが、イケメンかつスパダリ・・・。自分自身、去年、身ぐるみ剥がれ済み。そして、スミレ王子も同じ目に遭遇することを、織り込み済みとは・・・。)
「草薙先輩! 圭先輩と、末永くお幸せに!」
「俺ら、一生掛けても、圭先輩に勝てる気がしないっす!」
男泣きする後輩たちを、一人ずつ優しくハグして、「うんうん。ありがとね?」と、女神か聖母のように優しく微笑む草薙に、
桜井が、「草薙ー? あんまり後輩に愛想良くしてると、圭に言いつけちゃうぞ?」
と、ウインクしながら圧を掛けてきた。
「そ、それは困る! 僕、圭先輩一筋だから!!」
草薙が慌てて後輩から身体を離した瞬間、彼のスマホは、狙いすましたかのような、恋人からの着信で震えた。
急いで着替えて正門に向かった草薙を、柏木が待っていた。
「菫、卒業おめでとう」目を細め、白い歯を見せて、自分のことのように喜んでくれている。
「ん。ありがとう」照れ臭そうに、短く草薙が答えると、その背中に優しく手を回し、「じゃあ、誕生日祝いと卒業祝い纏めてで悪いけど、早速、約束のピアスを見に行こうか」と、柏木が微笑んだ。
「うん! ・・・あ、ねえ、穴開けるの、どうしよっか? 一緒に皮膚科行く? それとも、ピアッサーとかで、お互いにバチン! ってする?」草薙が心配すると、
「俺はどっちでも。・・・まぁ、せっかくだから、菫に開けてもらうのも、いい記念になるかな」柏木は、微妙に鼻の下を伸ばした。
「・・・ちょっと! 今、なんか、やらしいこと考えたでしょ」頬を赤らめ、口を尖らせて抗議する草薙に、
「もちろん。菫を見てる時は、俺、やらしいことしか考えてないからね」柏木は、涼しい顔で返し、可愛い恋人が尖らせた唇に、素早く小さいキスをした。
二人の恋は、練習曲 を終え、いよいよ本当の始まりを迎える。
明るい未来へ向かう道筋を指し示すかのように、春の暖かな日差しが、歩き始めた二人を照らしていた。
~ 僕らの恋の練習曲 完 ~
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