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番外編:菫のキャンパスライフ (1/2)

 汗を流す学生たちで溢れかえる新年度が始まったばかりの大学のジムに、ひときわ人目を引く二人の男子がいる。  百八十センチを超える長身で、引き締まった体躯。長い手足は程良く筋肉を(まと)っている。ベンチプレス等で筋トレした後、ランニングマシーンで走り込み、額から汗を飛ばしているにもかかわらず、その佇まいは爽やかだ。  マシンの使い方やトレーニング方法をアドバイスする指導員も、二人のバランスの取れた体形と高い運動能力に感心している。 「君たち、(なに)部? 格闘技やるには細いし。陸上部かな?」 「僕ら、体育会じゃなくて、オーケストラの団員なんです」  タオルで汗を拭きながら、精悍(せいかん)な顔立ちの黒髪の男子が、笑顔で答える。その隣で、甘い顔立ちのもう一人が、跳ねる鳶色(とびいろ)の癖っ毛を撫で付けながら生真面目そうに頷く。  聞き耳を立てている周囲の学生たちも目を見張る。 「ちょっと! あんな良い身体してるのに、オーケストラだって!」 「黒髪のシュッとした目鼻立ちの人は、二年生の柏木(かしわぎ)君でしょ? 去年のミスターキャンパス」 「じゃあ、もう一人のフワフワした髪の子は? あんな目立つ子いたっけ?」 「あたし、オケ団員の友達から聞いた。高校時代からイケメンで有名だったって」 「えーっ! 一年生で、あのガタイ、ヤバくない?!」  声を低めて喋っているつもりだろうが、若くエネルギーに溢れた女子学生が数人集まれば、それなりの音量になる。柏木 (けい)は、薄い苦笑を浮かべて、軽く会釈した。その途端、ミスターキャンパスに微笑み掛けられた彼女たちはポカンと口を開け、頬を染めて言葉を失った。 「(すみれ)、どうだった? 大学のジムは。身体鍛えるには良い環境だろ?」 「って言うか、圭、すごいね。アイドルみたい」 「友達が、俺に黙ってミスターキャンパスに応募しちゃったんだよ。菫だって出れば選ばれると思うぜ。あっ、でも、悪い虫が付きそうだから、絶対出ちゃダメ。菫は俺だけのものだからね」  ストレートの黒髪、切れ長の涼しい目元の柏木は、自分の背後におずおずと隠れる草薙(くさなぎ)菫を悪戯っぽい目で見つめた。鳶色の癖っ毛でつぶらな瞳の菫は、圭の高校時代の後輩で、恋人でもある。今では体格も双子のように逞しくなった菫だが、人見知りで恥ずかしがり屋の性格は変わらない。困った場面になると上目遣いで自分に助けを求めてくるところが可愛い。『菫は俺だけのもの』という甘い言葉に、菫は照れ隠しに顔をしかめ、圭の背中を軽くグーで押した。 「殆どお金も掛からないし、いっぱいマシンもある。しかも構内にあるから通いやすい。菫も会員になったら? ……二人で一緒にトレーニングできるし」 「……うん。そうだね」  菫のパンチを軽く受け止めて、圭は笑顔のままだ。はにかんだような笑みを浮かべ、菫は、まだ肌に馴染み切っていない耳のピアスを(いじ)る。小さなスタッズタイプの黒曜石は、圭からの誕生日プレゼントだ。今日は圭もお揃いで身に付けている。  大学と高校に離れ離れだった去年、二人は、様々な障害に悩みながらも乗り超え、絆を深めた。既に二人が所属するオーケストラの仲間達には、恋人同士だとカミングアウト済みだ。今は、毎日同じキャンパスで一緒に過ごせるのが嬉しくて堪らない。 「じゃ、今日はこの辺でジムは切り上げるか。菫もシャワー浴びてくだろ?」 「うん」  着替えやタオルを手にシャワールームに着くと、菫は声をあげた。 「あっ、シャワーにお金いるのか。僕、お財布ロッカーに置いてきちゃった!」 「ああ、俺、小銭持ってる。一緒に入れば良いじゃん」  圭は平然と言い放ち、服を脱ぎ始める。 「誰も見てないよ。それに、もし見てたって、男同士だから気にしないって。ほら、菫。お金もったいないから、早く」  コインを落とす圭に続き、慌てて菫も服を脱ぎ同じシャワーブースに飛び込んだ。ドアを閉めると、やはり一人用だけに、大柄な男二人が入るには少し狭い。圭は手慣れた様子で、シャンプーやボディソープを入れた半透明の旅行用ビニールポーチをフックに引っ掛ける。 「はい」  ドボドボと大雑把にボトルからシャンプーを出し、菫の手のひらに乗せる。圭と腕をぶつけないよう、背を向けながら手早く頭を洗う。何度か一緒にお風呂に入ったことがあるので、二人の息は合っている。次に身体を洗おうとすると、ボディソープを纏った圭の手が背後から巻き付いてきた。 「え、えっ?」 「しーーーーっ。大きい声出したら、周りに聞こえちゃう」  意表を突かれて裏返った声を上げた菫に、圭は抑えた声で囁き掛ける。ザアザアと雨のようにシャワーが流れる音がブースに響いている。

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