138 / 201

第138話 ある夜の出来事

「最近楽しそうだね~」 お母さんがリビングに入って来るなり声を掛けてきた。 「あ、お母さんおかえり! もうリハーサルは終わったの?」 「うん、今日はここまで。 お腹すいた? 直ぐに夕飯作るから!」 「今日はお父さんは?」 「お父さんは今夜は帰れないと思う。 地方ロケが入っちゃって 朝からバタバタとして出て行ったから」 「じゃあ、お父さん居ないんだったら、 簡単な物でも良いよ。 良ければ、下のコンビニで何か買ってこようか? そっちの方がお母さんも楽でしょ?」 「あ、じゃあ、そうさせてもらおうかな? 僕、シャワー先にするから、 要の好きな物適当に買ってきて。 僕、何でも良いから。 お財布はいつもの所に有るのを持って行って」 「は~い!」 そう言って僕は、お財布を予備の引き出しから取り出して、 マンションの1階にあるコンビニまで降りて行った。 コンビニに入り、ドアの横にある雑誌のラックに目が行った。 雑誌の一つが目に留まり、それを手に取った。 普段絶対に読まない経済誌だったけど、 チラッと横目で見た時に、あれ?っと思った。 そこには大きな見出しで、 “若き後継者特集”と書いてあり、 10名ほどの若い青年たちが スーツに身を包んで並んで写真に納まっていた。 その青年たちをジーっと見入ると、 間違いなく、その一人が佐々木先輩だった。 一人一人の写真は小さかったけど、 見間違うはずがない。 僕はドキドキしながらその雑誌をかごに入れた。 帰ってゆっくり読もうと思ったから。 まさかこんな雑誌で先輩の事を見つけるとは思いもしなかった。 それに先輩からは雑誌に載った事なんて聞いていない。 僕はドキドキとしていた。 「あ、そうだ、急いでご飯買って帰らなきゃ!」 そう思い、お母さんにはうどんとオニギリとお茶、 僕自身には焼きそばとオニギリと麦茶を選んだ。 食後のデザートにと、アイスを覗いてみた。 僕の大好きなアイスがあったので、それも籠に入れて お会計に進んだ。 レジにいたお兄さんが、 「君、経済誌なんて読むの? まだ高校生だよね?」 とびっくりした様にして僕に尋ねた。 僕はしどろもどろとしながら、 「あ……いえ…… はい……え~っと……」 と言う様な返事しかできなかった。 「俺、大学で経済取ってるんだけど、 君、経済に興味があるの?」 「いえ……そういう訳では無いんですが……」 「フ~ン、じゃあ、当ててみようか?」 僕はその問いにびっくりして、 「え?」 と彼を見上げた。 「君、この写真の中に恋人居るでしょう?」 僕はびっくりして彼から目をそらした。 「差し詰め~ コイツかな?」 そう言ってその人は佐々木先輩を指差した。 僕はギクリとした。 何故分かるの? この人誰? 僕を見張ってる? 僕は急に怖くなり、袋を掴むと、 「あの……ありがとうございました」 そう言って一目散に居住者用のエレベーターへと走って行った。 エレベーターに乗り込み、一気に最上階まで上がって行くと、 僕は家へ駆けこんだ。 既にシャワーを終えていたお母さんが、 僕があまりにも慌てて玄関へ入って来たので、 何事だろうと玄関まで出てきた。 「どうしたの? 青い顔して!」 僕はお母さんの方を見上げると、 「これ」 と言って雑誌を差し出した。 「あ~ これ佐々木君だよね? これ、どうしたの?」 「コンビニで見つけて読もうと思って買ったんだけど、 レジのお兄さんに佐々木先輩が僕の恋人でしょう?って 言われて……何故知ってるのか少し怖くなって……」 「え~ それ心配してたの? ただ単に要が佐々木君と一緒に居るところ見かけたんじゃ無いの? ここに来るのにイヤでもコンビニの前は通るし、 要の事見かけた事何度もあるんじゃない? 佐々木君も、もうここには何度か来てるし、 君達、外でイチャイチャとしてたんじゃないの~?」 「え? え? そうなのかな? ただ僕と先輩が一緒に居るとこ見た事があったのかな?」 「多分そうだよ。 じゃないと、二人が恋人なんて普通、 佐々木君の写真見ただけで分かんないでしょう?」 「な~んだ、そっか、 先輩と一緒にマンションに入るの見られてただけか~」 そう言って僕は安堵の胸を撫で下ろした。 お母さんのそんなセリフに、僕はすっかりと安心しきっていた。 そう思ったら、レジのお兄さんに対して不審な態度を取った事が 段々と申し訳なく感じて来た。 『今度会ったら、ちゃんと挨拶しなきゃ』 そう思いながら、僕はお母さんと一緒に夕食を食べ始めた。 「新しい学期が始まって学校はどう?」 「うん、奥野さんや青木君とはクラスが分かれてしまったけど、 奥野さんが良く遊びに来てくれるから、 今の所は楽しいよ。 本当はクラスから新しい友達とかできればいいんだけど、 僕、慣れるのに時間掛かるからな~」 「青木君は確かスポーツ科だよね?」 「うん、青木君の話によると、 スポーツ科の人たちってみんな脳みそが筋肉で出来てるんだって! 何だそれ?って感じじゃない?」 「ハハハ、青木君の言おうとしてる事、 分かる気がするよ」 「え~、そう? 僕最初聞いた時、凄い言い回しって思ったもん!」 「ハハハ、楽しそうで良かったよ」 「うん! あ、それはそうと、進路希望調査があるんだけど、 僕まだ何も決めて無くて…… どうしたらいいかな?」 「そうだね~ 要って誰に似たのか勉強の方は得意じゃないよね~」 「お母さん!」 僕がそう大声を上げると、 お母さんはただ笑って、 「第一志望は都内の大学って書いておいたら? そしたら先生も、要の第一志望は大学進学だって分かるから! 具体的な事は2学期の調査の時までに決めておけばいいよ」 「そうだね、お母さん、ナイス!」 「ハハハ、僕もそうだったから。 ハッキリと音大に行こうと決めたのは 3年生になってからだったからな~」 「そうだったんだ。 じゃあ、僕もまだまだ余裕だね」 「ハハハ、あまり僕を参考にしないように!」 そう言ってお母さんはお父さんに電話すると 寝室に消えて行った。 僕は夕食のかたずけをした後、 ドキドキと先輩の写真が載った雑誌を目の前に置いた。 1ページをめくると、そこには表紙よりも大きな写真がデーンと 一面を飾っていた。 記事に目を移すと、いま日本で活躍している 政治家や、企業などの御曹司について書いてあるようだった。 勿論皆、“後継ぎ”と呼ばれる人ばかりだった。 僕は他の人たちの項目は飛ばしていき、先輩の記事を見つけた。 まず、親の職業について紹介してあった。 「うわ~ 先輩のお父さんの学歴凄……」 読み進んでいると、先輩の父親が先輩と同じT大法学部を出て、弁護士であると言う事。 また、ハー〇ード大学へ留学し、アメリカの弁護士免許も持っている事。 今は法務副大臣をしている事。 その他、経歴などが詳しく載っていたけど、 僕には難しくて良く分からなかった。 先輩の部分を読み進めていくと、 やはり先輩も法務の方へ進みたいらしい。 『そう言えば先輩、Ωが住みやすい国を作りたいって言ってたな~』 でも、先輩のそんな抱負は何処にも載っていなかった。 あれ?何故乗ってないんだろうと思ったけど、 何の疑問も持たずに読み進めた。 読み進めていくと、プライベートについての質疑応答などもあり、 今、ガールフレンドはいるかという問いがあった。 余り期待はしていなかったけど、答えには、 “旧家のお嬢様の婚約者がいる” とあった。 分かってはいたことだけど、 僕は少しムカムカとしてしまった。 『やっぱり僕達の事は公には出来ないのかな~』 と大きなため息を付いて、先輩の答えから暫く目が離せなかった。

ともだちにシェアしよう!