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第183話 矢野先輩の尋問
先輩がソファーに腰かけると、
僕はその向かいに座った。
少し緊張が走ったけど、
本題は直ぐに始まった。
「これはプライベートな事で、
僕が口をはさむ事じゃないかもしれないけど、
何故こういうことが起きてしまったのか僕はちゃんと知りたい。
その上で、要君が助けが必要なのであれば、
ちゃんと助けてあげたい」
先輩がそう言うと、僕は頷いた。
「要君は僕が要君の事凄く大切にして、
弟の様に思っているの知ってるよね?
それは今も変わって無いよ?
6年の空白はあったけど、要君は今でも凄く特別だよ。
要君に何か理不尽な事が起きているんだったら、
僕はそれを正したい」
僕は頷きながら先輩の言葉を噛みしめていた。
「今回の事はもう過ぎてしまった事だけど、
要君は今度は陽一君を教育するっていう責任と義務があるから、
厳しい事を言ったり、聞いたりするかもしれないけど、
あえて聞くよ?」
僕は先輩から発せられる言葉に覚悟して、
両手でギュッと握りこぶしを握った。
「陽一君の父親って、裕也だよね?」
僕は小さく頷いた。
「君達、避妊はしなかったの?」
僕は下を向いたまま首を左右に振った。
「どうして避妊しなかったの?」
「僕達、僕の誕生日に沖縄へ
旅行に行ったんです。
その時発情期になってしまって、
薬が間に合わなくて……」
そう言い訳をしたけど、
先輩は黙ったままで僕を見つめていた。
「あ……
それは言い訳ですよね……」
先輩は暫く口を噤んだまま居たけど、
「そこは分かってるみたいだね」
と僕に向かってきっぱりと言った。
「僕も健全な男子だから、その時が来ると、
セックスを回避するのが難しい事は分かってるつもりだよ。
でも発情期には周期があるから、
危ない事は分かっていた筈でしょう?
もし仮に、周期がズレてしまったとしても、
少なくとも、旅行中は抑制剤を飲むとか、
ピルを飲むとか、何か方法はあった筈でしょう?
セーフセックスは海外じゃ基本中の基本だよ?
日本でだって、性教育で学ぶでしょう?
特に不意に発情してしまうと、その熱にやられて
避妊をするのは殆ど不可能って言われてるくらいだから、
発情期を経験した君だったら
事前に対処する必要があった事位、分かっていた筈でしょう?」
「……」
僕は、先輩の正論に何も返せなかった。
「陽一君が今5歳とすると、
逆算してみたんだけど……
要君、まだ17歳だったよね、妊娠したのは……
高校2年生か……」
「今考えると、無謀ですよね……」
僕はポツリと言った。
「ねえ、もしかして、
裕也とはその時に番ってしまったの?」
僕はコクリと頷いた。
先輩がハ~と大きく一息つくと、
僕はビクッとした様にして身を縮こまらせた。
「そうだろうと思ったよ。
要君からは高校生の時にしていた甘い香りが
全然してなかったからね。
で? 陽一君はパパの事知らないって言ってたけど、
裕也とはどうしてるの?
今でも連絡とってるの?」
「……」
「黙っていちゃ分からないでしょう?」
「…… 先輩とは別れました。
今では連絡も取っていません……」
そこには先輩もちょっと困惑していた。
「あんなに愛し合って幸せそうだったのにどうして……
こんなことになるんだったら、
あの時身を引いた僕の気持ちは……」
そう言って先輩は首をブンブン振って、
「まあ、要君にとっても簡単な決断じゃ無かったとは思うけど、
陽一君の事に対してはどうしてるの?
裕也はちゃんと責任取ってる?
認知はしてあるの?
ちゃんと養育費とかもらってる?」
と尋ねた。
先輩のその問いに僕は血の気が違引いて行くような気持がした。
僕の顔色を覗った先輩が、恐らく気付いたのだろう。
「もしかして、陽一君の事……
裕也は知らないの?」
「先輩、佐々木先輩には絶対言わないで下さい!
お願いします!」
そう言って僕は先輩に縋りついた。
「いったい裕也は何をしてるの?
発情期に避妊しないでセックスしたら、
妊娠するのは分かりきってる事でしょう?
それを敢えて手放したって言うの?
要君を手放すんだったら、どうしてあの時……」
矢野先輩の佐々木先輩に対する怒りが
手に取るように分かる。
「先輩、避妊しない事は二人で決めたんです……
それに別れも僕が……」
先輩は納得して無いようだった。
「分れるくらいだったらどうして……
避妊をしようと思えば、
間に合う余裕はあったんだよね?」
僕はただ頷く事しか出来なかった。
「なぜ避妊をしないって決めたの?」
暫く黙ったままでいたけど、
「そこに佐々木先輩が居たから……」
とポツリと言った。
「えっ?」
先輩には僕の言葉が届かなかったのか、
聞き返してきた。
「佐々木先輩は僕の全てでした。
佐々木先輩が好きで、好きで、
世界の何に変えてでも先輩の全てを僕のものにしたかった……」
「今では裕也の事どう思ってるの?」
「思いは変わっていません。
この6年間ずっと諦めようと思いましたが無理でした……
先輩への思いは少しも揺らいでいません!」
「そこまでの思いを抱えながら、どうして裕也と別れたの?
高校生で妊娠して出産するって普通じゃできないよ?
高校生はまだ、自分の事でさえ責任が取れない年だよ?
両親の支えはあったとしても、
陽一君にはまだまだ父親も、母親も必要な年だよ?
ここまで陽一君を育てるのは簡単では無かったでしょう?」
両親も、両祖父母も、凄く僕を助けてくれた。
これでもかというくらい僕を受け入れて、
愛を示してくれた。
でも僕には矢野先輩のこの叱責が必要だった。
愛を受けるのも大切だったけど、
僕には誰かに叱ってもらうことが必要だった。
矢野先輩は僕を卑下したり、
理不尽にしかりつけたりはしなかった。
ただ、諭すように、僕に教えるように説教してくれた。
僕はそれが嬉しかった。
僕は先輩の顔を見て、目をしっかりと見つめた。
「僕、これは僕の問題だから、
だれにも頼らずにずっと一人で解決しようと思ってたんです。
でも、それは間違っている事に気付きました。
家族にはもう同意をもらったのですが、
僕をこういう風に叱ってくれる先輩だから敢えて話しますが、
僕には先輩の力も必要です。
でも強制はしません、
もし、出来るなら力を貸して欲しい」
僕がそう言うと、
先輩は待ってましたとばかりに、
「要君がそう言ってくれるのをずっと待ってたよ。
君は何でも一人で抱え込んで、
一人で解決しようとするからね」
と言ってくれた。
僕は先輩の気持ちが凄く嬉しかった。
そして今でも僕の事を特別に思ってくれているのが凄く嬉しかった。
そして続けて、
「すべての問題は裕也の父親だよね」
と先輩は既に分かっている様にして僕に言った。
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