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第184話 記憶鮮明
僕達というか、
僕が佐々木先輩の元を去った理由が、
佐々木先輩の父親が原因だと言う事は
矢野先輩には何となくわかっていたようだ。
「何があったのか詳しく聞かせてくれる?」
先輩が真剣な顔をしてそう尋ねたので、
僕はコクリと頷いた。
「あれは夏休みも、
もうじき終わるかという頃でした……
佐々木先輩はバレー部の後輩達の
練習を頻繁に手伝いに来ていたんです。
僕も秋の展示会の仕上げに入ってたし、
ちょうど都合が良かったので、
練習が終わった後で美術部・部室で
落ち合うって言うのが日課で……
その日は朝から会えるって事で、
ずっと待ってたんです。
でも……
時間になっても来なくって……
予定を変えて、
バレー部の練習に付き合ったのかな?って
体育館を見に行ったんですけど
来てなくって……
それでもしかしたら車を回してるのかな?って
駐車場に回ったんですけど、
先輩の車は無くって、それらしき人影も無くって……
それで今日は自転車で来てすれ違いになったのかな?って
部室に戻ったんですけど
やっぱり来てなくって……
それで夕方になるまでずっと待ってたんです。
でもやっぱり来なくって……
連絡も無いし、携帯も通じないで……
ずっとおかしいっては思ってたんです。
いつもの先輩らしくなくて……
帰ろうかと思った時、携帯が鳴ったんです。
知らない番号で、どうしようか迷ったんですけど、
出てみたら佐々木先輩で……
何だか様子がおかしくって……
凄く慌てているようで、息が上がっていて、
先輩のお父さんに僕達の事がバレて監禁されているのを
逃げ出してきたって……
それでも話の途中で見つかったようで
電話の向こうで争う様な音がして、
先輩が “離せ” って叫んでいるところで
通話が途切れてそれっきりで……」
そこで僕は何も言えなくなった。
涙が止まらなくなり、
話すことが出来なくなってしまった。
その日の記憶は今でも鮮明に残っている。
「そうか、そのまま裕也とは会えてないんだね。
まあ、あの父親だったら
簡単に迷わず、監禁なんてやるだろうね」
僕は先輩を見上げた。
「要君は裕也の父親に直接会ったの?
僕の勘では恐らく……
君の家に現金が入った
アタッシュケースを持って
やって来たって……所かな……?」
「どうしてそれを……」
「まあ、あの父親だったらね。
小さい時から知ってるし……
次にどういう行動に出るかは聞かなくても分かるよ。
僕が裕也の家に近寄りたくなかったのは
あの父親が原因だけどね」
そう言って先輩はフンとしたように鼻をこすった。
「それで、裕也の父親には何を言われたの?」
僕はあの日あったことを、
正確に伝えようと記憶を辿った。
「先輩との会話が途切れた後、
急いで家に帰ったんです。
先輩が、父親が僕の家に向かってるって言ったので……
それで学校から僕が帰った時には
すでに彼は家に上がり込んでいて……
凄く異様だったんです。
顔はニコニコとしているのに
背筋が凍るような感じで……
そして言われたんです。
両親の秘密を掴んでいる。
もし先輩と別れない時は
両親のことや家族の事などを
世間にばらすって……
遠回しだったんですけど、
あれは絶対そう意味で言ったんだと思います。
それに先輩の事だって、
このままでは自分の後継者に出来ないとか、
先輩を自由の身に出来ないとか、
政治進出には長瀬家との婚姻が必要とか、色々言われて……
僕に選べって……」
先輩はうん、うんとしたようにして聞いていた。
「先輩、僕はまだ17歳だったんです。
恋を知ったばかりの、
何も世間を知らない、
只の高校生だったんです!
僕に何を選択しろと……
僕に正しい判断が出来るはずないじゃないですか!
あの時の僕には佐々木先輩が全てだったんです!
僕、先輩がどんなに先輩の父親の後を継いで
政治家になりたかったか知ってるんです!
そう言う僕に何を選択しろと!」
そう言って僕は泣き崩れた。
先輩は僕の方に回って隣に座ると、
「あ~ だからか~
君のお父さんが急に記者会見開いた理由は……」
と背中をポンポンと叩きながらそう言った。
僕は泣き崩れた顔を上げて、
「先輩、お父さんが緊急記者会見開いた事、
知ってたんですか?」
と尋ねた。
「うん、アメリカでも日本のニュースは見れるからね、
不思議に思ってたんだよ。
まあ、裕也の父親の事が絡んでるんじゃって思いは
無きにしも非ずだったんだけどね。
まさかこんな事になってたとはね……」
そう言って先輩は両手で自分の顔を塞ぎ、
そしてパッと顔を上げた。
「ね、要君はこれから裕也とどうなりたいの?」
僕は少し考えて、思いは変わって無い事に気付いた。
「僕は佐々木先輩に会いたい!
少なくとも、元気にしているかどうか知りたい!」
「もし裕也が結婚させられたり、
恋人がいた場合はどうするの?」
「それが先輩の意志であれば諦めます。
先輩の元を去ったの僕ですから、
そこは潔く諦めます!
でも、それが先輩の意志で無ければ……」
「奪いに行きますか!」
「はい! でも、一つ問題が……」
先輩は僕の思いお見通しだった。
「陽一君の事だよね?」
「はい。 これは僕の勘なんですが、
おそらく陽一は……」
「Ω…… だよね?」
「先輩…… どうしてそれが……?」
「いや、分からないよ。
でもそう感じるんだ。
確信的な根拠は無いけど、
陽一君はΩだって僕の中の僕が言ってる……
何故だろうね?
まだ5歳でΩの匂いがするでもなければ、
今日初めて会ったばかりでそんなに話しても居ないのにね」
「先輩…… もしかして…… ロり……?
もし陽ちゃんがΩだとしても陽ちゃんはあげませんよ!」
「ハハハ、何言ってるの!
僕はロリコンじゃないし、
犯罪者にもなりたくありません!
出来れば、陽一君が成人するまでには
僕も運命の番を見つけたいんだけどね!」
僕達はどんどんいつもの調子に戻って来た。
「ま、冗談は差し置いて、
もし、陽一君がΩだったら、
裕也の父親にバレるのは得策じゃないよね」
「先輩もそう思いますか?」
「当たり前じゃない!
絶対認めないし、
最悪、陽一君の存在さえもに消すような人だからね。
Ωは絶対に家系には入れない、出さないって人だからね」
「そこまでなんですね。
でもなぜ、そんな頑なにΩを嫌うのでしょうか?」
「確かに異常だよね。
僕にもそこは分からないんだよね。
もし昔に何かあってたとしても
裕也も知らないんじゃないかな?」
僕はため息を付いた。
先輩に会えたとしても、
どういう風に陽一を紹介したらいいか分からない。
もし先輩が結婚していたら、きっと陽一の事は言わない方が良い。
「ねえ、裕也に電話してみようか?
要君、まだ連絡して無いんでしょう?」
「でも……
先輩が出たら何て言ったら……」
「大丈夫だよ。
僕がそれとなく探りを入れてみるから、
要君は隣で耳を澄まして聞いていて」
そう言って先輩は自分の携帯を取り出した。
「裕也の番号って何だったっけ?
日本を離れた時、皆の番号消しちゃったんだよね」
「先輩~ 僕の番号も消したんですか~
え~っと先輩の番号は……
090-xxx-xxxxですね」
先輩が番号を押す度、心臓が跳ねあがる。
そして向こうに耳を傾けた先輩が、
不意に困惑した顔をした。
僕は声を殺して、
「先輩、どうしたんですか?
佐々木先輩、留守ですか?」
そう口をパクパクとすると、
先輩がスピーカーに切り替えた。
「お掛けになった電話番号は現在……」
えっ……?
また……?
不意に矢野先輩が僕の元を去った時の記憶が鮮明にが甦って来た。
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