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第185話 まさか?

また?  僕はまたあの日を繰り返すの? 矢野先輩が去った日の 苦い記憶が甦ってくる。 僕は咄嗟に自分に言い聞かせた。 “大丈夫、大丈夫。 僕はあの時の何も分からなかった17歳じゃない。 今度はちゃんと正しい判断が出来るはずた。 落ち着け、僕は大丈夫だ” そう言って僕は大きく深呼吸をした。 「要君、大丈夫? 真っ青だよ? 僕が裕也の家に行って、 何か探りを入れてこようか? どうしたい?」 先輩が心配そうに僕の顔を覗いた。 少し考えてみた。 どうするのがベストかを。 でも、どれだけ考えてみても、 出てくる答えは、 “今は危ない橋を渡る時では無い” と言う事だった。 「大丈夫です先輩。 先輩が何の前触れもなく、 突然佐々木先輩を尋ねたら、 先輩のお父さんが何かに気が付くかもしれません。 割と勘が良い人っぽいので。 僕は、今回は失敗したくないんです。 7年前は僕の浅はかな行動で沢山の人に迷惑を掛けたので、 今回は慌てずに、慎重に行きます。 特に今回は陽ちゃんも居るし、 先ずは陽ちゃんの安全を第一に行かないと。 僕が今1番に守るべき者は陽ちゃんだから……」 先輩は僕の方見て目を細めながら 「成長したんだね~」 と感心した様にして言った。 僕は先輩に褒められたのが照れ臭くて、 「まあ、誰かさんに鍛えられましたからね! 7年前とそのまんまそっくりの状態ですからね!」 そうからかった様に言うと、 先輩は僕の頭を抱えて、 「可愛くないやつだな~」 とグリグリとした。 僕達が高校生だった時に、 矢野先輩が良く僕にした愛情表現だ。 先輩は割と本気でグリグリとしてくるので、 結構痛い。 でもそんな仕草さえも懐かしくて、 嬉しい。 本当に矢野先輩が帰って来たんだと実感する。 「それじゃ、要君のこれからの作戦は?」 先輩が尋ねた。 僕は少し考えて、 「“君子危うきに近寄らず”、と言う所でしょうか?」 そう僕が言うと、 矢野先輩はまた感心した様に僕を見て、 「要君ってことわざ使えたんだ〜」 とからかい返して言ったので、 今度は僕が先輩の頭をグリグリとした。 「でも良かった」 先輩が胸を撫で下ろしながらそう言った。 「え? 何がですか?」 「実を言うと、少し心配してたんだよ。 僕の去り方もアレだったし、 もし要君が怒って、 僕に口も聞いてくれなかったらどうしようって。 そうだったらちょっと立ち直れないなってね。 自分で起こした行動なのに、 僕の方こそ何言ってるんだ、だよね。 ほんとお互い、世間知らずの子供だったよね」 「そうですよね~、僕達子供でしたよね。 まあ今も僕の方はどれだけ成長したか不明ですけど、 恋愛って自分が思った様に行きませんよね。 でもこうやってドキドキ・ハラハラがあるから楽しいのかも?! この気持ちはずっと持っていたいですよね! 次は先輩の番探しですね! 僕、何時でも協力するので言って下さいよ!」 そう言うと、先輩は又、 「でも良かった」 と言った。 「へ? 何がですか?」 「要君と前の様に付き合っていけて!」 「僕も先輩が戻って来てくれて嬉しいです! それと、僕に日本へ戻る切っ掛けをくれた事に 凄く感謝しています!」 そう言って僕達はお互いを見つめあって笑った。 そこへ、 「只今〜」 と陽一とお母さんが帰ってきた。 「矢野先輩まだいるの~?」 陽一は矢野先輩一色になりかけている…… “何故だ……” と思いながらも、 「お帰り〜  矢野先輩、ちゃんとまだいるよ~ 慌てないでちゃんと手洗い、うがいして来てね。 おやつ残ってるよ! 早目に食べてね。 時期夕食だから!」 と言った。 「そうそう、夕食といえば、 どう? 矢野くん、久しぶりだし、 お寿司取るから一緒に食べて行かない? 司くんも、もう直ぐ帰ってくると思うから」 先輩は少し考えた様にして、 「じゃあ、お邪魔しようかな」 と夕食一緒に取ることに決めた。 「矢野先輩一緒にご飯食べるの?」 陽一が嬉しそうにリビングまで戻って来た。 「そうだよ。 良かったね陽ちゃん。 陽ちゃんは矢野先輩がお気に入りだね」 そう言うと、陽一は恥ずかしそうに、 「うん! あのね、かなちゃん, 矢野先輩ね、 凄く良い匂いがするんだよ! でも矢野先輩には僕がそう言った事言わないでね。 女の子みたいって思われたら嫌だから!」 そう言って僕に耳打ちした。 「えっ?」 “まさか? イヤイヤ、陽ちゃんまだ5歳だよ。 きっと先輩がいい匂いのコロン付けてるんだ…… でも僕には何も…… えっ? えっ?”    ちょっと頭がパニックしたところに 丁度お父さんが帰ってきた。 「ただいま~ 優君から凄いお客さんが来てるって聞いたけど誰〜」 とお父さんがそう言いながら、 上機嫌でリビングまでやって来た。 矢野先輩はサッとソファーから立ち上がり、 「お父さん、 ご無沙汰してます〜」 と深々とお辞儀をしながらそう言った途端、 お父さんは陽ちゃんに沢山買って来ていた荷物を ドサっと床に落とした。 「ねえ、僕、起きてるよね? 誰か僕のホッペをツネって!」 お父さんがそう言ったので、 陽一がキャッキャしながら、 「どうしてホッペ、ツネるの〜 変なお祖父ちゃ〜ん。 ま、お祖父ちゃんが変なのは何時もか!」 と、既にお父さんの事を知って居る様で、 陽一はお父さんのホッペを思いっきりツネっていた。 先輩とお父さんの再会は思った通りで、 お父さんはお母さんに、 「何だか僕との再会の時よりも感動的じゃない? そんなに矢野君が良かったら矢野君と結婚したら〜?」 とからかわれていた。 僕はそんな両親を見て笑う先輩の隣に座り、 クンクンと先輩の匂いをそっと嗅いでみた。 先輩はそんな僕をに気付いて、 「どうしたの? 僕ってまた汗の匂いがする〜?」 とおちゃらけていたけど、 僕には何の匂いも感じる事は出来なかった。 「先輩って最近コロン付けてますか?」 僕は聞いてみた。 「コロン? 僕がそんなハイカラな事するわけ無いじゃない! 何時でも素だよ。 コロンなんてつけてたら、 運命の番に出会った時に気付いてもらえないじゃ無い!」 先輩のそんな答えに、 僕は先輩の膝の上に座り、 飛行機で遊んでいる5歳児をジーッと見て、 また先輩の方を伺った。   “イヤイヤイヤ,それこそ無い無い” 僕はそう思って、 僕の頭の中に生まれそうな怖い想像を打ち消した。 そしてそれが起こったのは、 そんな疑惑から数ヶ月経った時だった。 僕は先輩の企画の一環として、 絵画個展を開くことが決まった。 その日は本社でのミーティングがあった。 僕は満員電車に揺られながら、 “絶対、車の免許をとってやる” といき込んでいた。 本社でのミーティングはうまくいった。 一日かかると思っていたけど、 陽ちゃんのお迎え前に終わってホッとし、 僕は急いで陽ちゃんのお迎えに向かった。 「ハ〜 また電車か〜 車の免許、急がなくちゃ! 救いは今がラッシュアワーでは無いことだな」 そう思っている中に駅に着いた。 改札を潜りホームへ向かう中、 何かが僕の鼻をくすぐった。 “あれ? この匂いは……?” 突然の予期していなかった匂いに 一瞬にして僕の体は硬直してしまい、 僕の足はそこから進むことが出来なかった。 ただ、心臓の音だけが、 世界中の人に聞こえるんじゃないかと思うくらい脈打っていた。

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