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第193話 あれから

「要…… お前の口から聞かせてくれるか? 7年前のあの夏、 俺の父親との間に一体何があったのか」 「…… 先輩は聞いてないんですか?」 「父親サイドからは聞いた。 自分の父親の事はわかって居るつもりだ。 でも知らない部分もあると思う。 だが絶対真実を話していない。 それだけは分かる」 先輩のそのセリフに、僕はコクンと頷いて話し始めた。 「僕、あの日は美術部部室でずっと先輩を待ってたんです。 でも先輩、全然来なくって…… あの時、先輩には一体何が起きていたんですか?」 きっとその時を瞑想していたんだと思うけど、 先輩は遠い目をして、 「そうだな。 お前は俺に何が起きていたのかは全く知らないんだよな」 と言った。 僕はコクンと頷くと、 「実はあの沖縄から帰ったその日に 珍しく父親が家に帰っていたんだ。 いつも家にいない様な人だから 珍しなと思い居間へ行くと、 数人のボディーガードといてさ、 そこに浦上が一緒にいたんだよ。 それでピンときた。 テーブルの上には報告書が証拠写真と一緒に綺麗に並べられていて、 学校でのことまできっちり詳しく書いてあったよ。 恐らく学校にもスパイが入り込んでいたんだろうな」 そう先輩が言った途端、僕は思い出した。 「あ…… そういえば、 僕一度だけだったんですけど、 誰かに監視されてるような感じを受けたことがありました……」 先輩は唸ったような表情をして、 「多分そいつだろうな」 と言った。 「長瀬先輩とは違う人ですよね?」 「恐らくな。 だがあいつもお前の事を怪しく思ってたから 多分そこから漏れたんだろうな。 的確にお前に監視がついたからな」 「それでどうなったんですか?」 「あそこまで証拠を焚き付けられれば 誤魔化しようがないよな。 だから正直に言ったよ。 俺はお前を愛している。 お前以外のやつと番う気はさらさらない。 ましてや結婚する気もないとな」 「で? どうなったんですか?」 「殴られたよ。 四の五の言わずな。 携帯も取り上げられ、すぐに解約されたよ。 お前と連絡を取れないようにしようって魂胆だったんだろうな。 そのあとは親父のボディーガードに捕まって 蔵の中に軟禁状態さ」 「先輩のうちって蔵があるような旧家なんですか?」 「いや、優香のうちのような長く続くような家系じゃないけど割とな」 「蔵って言ったら南京錠ですよね? 窓なんかも小さいし、高い所にあるし…… 壁ばっかりだし…… 中広いわりにドア一つだし…… よく逃げられましたね?」 「お前、良く蔵の構造についてしってるな?」 「あ、お父さんの時代劇で……」 「ハハハ、そうだな、 まあ俺はずっと逃げ出す機会を窺っていた。 チャンスがあるとすると食事を運んでくるときだけ…… 何度も、何度もシュミレーションして、 あの日やっと実行したんだ。 すぐに捕まってしまったけどな」 「それがあの時の公衆電話からの電話ですね?」 僕がそう尋ねると、先輩はコクンと頷いた。 「僕、先輩に何が起きているのか把握できなくって、 お父さんに監禁されていたって言うのと、 また捕まってしまったって言うのはわかったんですけど、 でも、先輩のお父さんが僕のうちに向かってるって言ったから 急いで帰ったんです。 そしたらお父さんはもう既に来ていて 僕を待ってて……」 「親父には何を言われたんだ?」 「先輩、お父さんとそっくりな顔と声なんですね。 先輩のお父さん、その顔と声で僕に…… 先輩との別れを僕が決心してくれって…… 何だか先輩にそう迫られているようで、 僕、悲しくて…… 僕が別れを取らなければ 先輩がどうなるかわからないって…… それに僕の家族も……」 「汚いやつだよな……」 そう先輩はぽつりといった。 「他に何か言っていたか?」 「僕が別れるので先輩には危害を与えないでって言ったら 手切金だってお金を渡されて……」 「お前、それ受け取ったのか?」 “あっそういえばあのお金はどうしたんだろう……?” 僕は首を振った。 「あの時お母さんが返そうと先輩のお父さんにケースを渡したけど、 無視されて…… その後僕の両親はそのお金…… どうしたんだろう? 僕は凄く気が動転していて……」 「いや、親父のやりそうな事だよ……」 「でも僕、先輩のお父さんに、先輩とは二度と会わないと誓ったんです。 もし今会っている事がバレれば……」 そう言って僕は顔を両手で塞いで俯いた。 「その事については大丈夫だ。 心配するな。」 僕は 「え?」 っと先輩を見上げた。 「あの…… あの後先輩は、ちゃんと自由を取り戻したんですよね?」 「まあな、だが、次の日に親父から聞かされたよ。 お前が別れを選んだってな。 金を渡したら喜んでそうしたって。 で、その金を使って海外へ高跳びしたって……」 「そんな……」 「大丈夫、ちゃんと分かってたよ。 あの後、お前の事についてお前の両親に尋ねに行ったんだよ。 お前がどうなったのか…… まあ、海外へ行ったのは本当らしかったけど、 でもお前の両親の話からは親父が言ったように 喜んで俺との別れを選んだのは違うだろうなって確信したよ…… だからいつか親父を超えて、 邪魔をされないくらいの力をつけないと、 お前を迎えに行けないと思ったよ。 だから大学でも頑張った。 親父を利用してやるつもりで政治界の横の繋がりも作ったし、 自分も売り込んだ……」 「それで……?」 僕は恐る恐る尋ねた。 「まあ、俺の方の出だしはそう言うところだけどさ、 今度はお前の話を聞かせろよ……」 先輩にそう言われ、先を聞きたいのか、聞きたくないのか、 ホッとしたのか、がっかりしたのか分からないまま、 先輩の質問に答えていった。 「で、要はあの後フランスへ行ったって事でいいんだよな?」 「あ…… はい……」 「何故フランスだったんだ? やっぱり絵のため?」 「いえ、僕、あの時は何も考えられなくて…… 冷静になるためには日本から出なくてはいけなかったんです。 先輩から見つけられないところに行く必要があったんです。 日本にいると多分先輩のおとうさんがずっと僕を監視してると思ったから…… 先輩を手っ取り早く自由にするにはそれが一番だと…… 両親に相談したら、フランスへ行きなさいって…… お父さんの親戚がいるからって…… だからフランスへ行ったんです」 「フランスでは何不自由なく暮らせていたのか?」 「はい。 前にも話しましたが、ポールが…… あ、僕の遠い親戚のですね、 そのポールがもうお兄さんになり、 恋人になり、夫になり、お父さんになり 日になり、影になり僕を支えてくれて…… 僕の事情を知ってたから色々と話し易くて……」 「その…… 聞きにくいんだが…… そのポールとは何も……?」 「何もって言うと?」 「あ…… いや…… 誘われたりとかは…… いや…… すまん…… 忘れてくれ」 先輩が遠慮をしたように尋ねた。 「ハハ、デート的な意味ですか?」 そう尋ねると、先輩はバツが悪そうに照れていた。 今思うと、バカな事をしたと思うけど、 僕も、少し先輩を試してみたかったのかもしれない。 まだ僕に気持ちがあるのか…… ポールとの事を話すと、焼きもちを焼いてくれるのか。 「そうですね〜 デートには何度も、何度も誘われましたね。 ポールのモデル仲間には何度も僕たちが付き合ってるって 思われてましたし…… 結婚するもんだと思われてたみたい。 まあ、それくらい仲が良かったのは否定はしないんですけどね。 でもデートした事は一度もありませんよ。 まあ、僕的にはですけどね。 一緒に住んでたのでデートも何もあったもんではなかったんですけどね」 「一緒に住んでたのか?」 「すごい過保護でですね、 僕の一人暮らしは危ないって…… 留学生なんて一人暮らし多いのに何言ってんだろうって……」 「その…… 彼はお前に気があったのか?」 「う〜ん どうでしょう? 僕にというよりは陽ちゃん……」 と言ってハッとして口をつぐんだ。 しまった。 やっぱり人を試したりするもんじゃない…… うっかりと調子に乗って陽ちゃんの名前を出してしまった…… 先輩に聞かれたかもしれない…… 疑問を持たれたらどうしよう? この後の僕は頭が真っ白になって、 先輩の質問に支離滅裂に答え、一体どういうやり取りをしたのか、 後で思い出そうとしても思い出すことは出来なかった。

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