199 / 201

第199話 僕の永遠と封印された記憶

ヤバイ…… 時間が経ってしまうと、 新しく出来た傷も自分の体の一部…… 帝王切開の傷跡なんて全然頭の中に無かった。 “先輩、帝王切開の傷なんて見た事無いよね? これが陽一を産んだ痕だなんて思いもしないよね? 手術をした痕だって思ってるよね? 実際そういう風に言ってたし…… 気取られない様に普通にしてなくちゃ……” そう自分に言い聞かせても、 緊張してしまって、先輩がそこにキスをしたことは すっかり頭の中から滑り落ちていた。 それよりも、 自分が服を着ていない事の方が気になった。 「あの…… 何故僕は服を着ていないのでしょうか? それに何故先輩のベッドで寝ているのでしょうか?」 恐る恐る尋ねた。 「ハハハ、やっぱり覚えていなかったな」 「え? 僕何かしでかしたんでしょうか?」 「心配するな。 吐いた後、熱いからと服を全て脱いで ベッドで大の字になって 俺がベッドに入ったら蹴っ飛ばして落とそうとする勢いだったから 端っこで寝た事なんて大したこと無いさ……」 先輩のそのセリフに、僕は穴があったら入りたい気分だった。 そして思い出した。 「あ~! 家に電話するの忘れた!」 「大丈夫だ。 俺がちゃんと電話入れておいたよ。 お前のお袋さんと久しぶりに話したよ。 お前のお袋って、相変わらずあったかい人だよな。 7年前は俺の親父のせいで記者会見したんだろ? 直ぐに分かったよ。 お前のお袋に謝っておいたよ。 俺の所為じゃないって言われたけど、 すっと引っ掛かってたんだよ。 話せてよかった」 「じゃあ、先輩、 お父さんのあの記者会見知ってたんですね」 「ああ、あれは暫く騒がれたからな。 お前のことかなり嗅ぎ回ってたみたいだぞ。 でも私生活が全然見えてこないって…… まあ、あそこまで変装がうまいとな、 見つけるのは難しいだろうが、 お前の親父も徹底してたからな…… お前の面は割れない様に…… それで段々噂も下火になっていったけどな、 でもあれがあったから、 俺も意を決っする事がで来たよ。 お前の親父は俺の人生の師匠だな」 「え……? 何を決心したんですか?」 そう尋ねると先輩は僕を見つめて、 「お前を命をかけて守ると言う事をさ」 と言った。 「え?」 「ほら、早く服を切ろ! 途中で朝食に寄ってそれからお前を家まで送るよ。 昨夜お前のお袋に尋ねたら、 今日訪ねても良いってだったから、 行くぞ! 指輪の訳が知りたいんだろ?」 そう言って先輩は乾燥したばかりの 僕の服をベッドの上に投げやった。 「あれ? 僕の服……?」 「ああ、昨夜お前が寝てる間に コインラインドリーに行って洗って来たぞ」 「何から何まですみません…… いい大人が意識無くすなんて恥ずかしいです」 「お前俺以外の奴とは絶対飲むな!」 「え〜 でもおかしいな、 僕そんな酔わないんですよ。 むしろ皆んな僕は飲んだ後はすごくおとなしくなって、 居るのか、居ないのか分からないって………」 「じゃあお前が醜態晒すのは俺の前でだけだな」 そう言って先輩は笑った。 「僕…… 何か変な事言いましたか?」 それが凄く気がかりだった。 「いや、俺の事好きだとか、好きだとか、好きなんて 一言も言ってないぞ」 僕はガーンと来た。 “言ったんだ!  僕の先輩に対しての隠していた気持ちを言ったんだ! でも心なしか先輩は機嫌が良さそうだ。 もしかしたら悪い事では無かったのかもしれない” 「ほら早くしないとモーニング終わってしまうぞ!」 先輩の掛け声に、 “え? ちょっと待って…… 先輩今日家に来るって言った? お母さんが許可したって? え〜 陽一は?!” 先輩にわからない様にお母さんにラインした。 お母さんから返って来た返事は 『協力するから観念しなさい』 だった。 ここはもう覚悟を決めるとこかもしれない。 僕の気持ちが先輩にバレた今、 もう隠しておくのは難しいかもしれない。 僕は覚悟を決めて、 「じゃあいきましょうか?」 と声をかけた。 車の中では何度も何度もシュミレーションした。 一体陽一の事をどう言う風に告げたらいいのか…… でもいい案は全然浮かばなかった。 そう言う様な時に限って目的地に着くのは早い。 目の前に迫ったマンションのビルに深いため息をついた。 「おまえ、自分家に帰るのに何そんなにビビってんだ? 無断外泊した事まだ気にしてるのか? 全くティーンじゃあるまいし…… ほら、行くぞ。 さっきのカフェで確認の連絡入れた時は、 お前のお袋、上機嫌でどうぞ、どうぞって言ってたぞ。 おまえの親父もいるらしいからちょうど良かったよ。 お前の両親に話したい事もあったし」 先輩はまだ陽一のことを知らないからお気楽なものだ。 僕は震えさえ出て来そうなのに これも全ては自分の身から出たサビだけど せめて心の準備はしたかった。 とは言ってももう遅い。 僕はエレベーターのボタンを押してまた深いため息を吐いた。 なぜかこう言うときは エレベーターの速度さえ何時もより早く感じる。 気が付くと、僕たちはもう玄関のドアの前まで来ていた。 ドアを開け 「ただいま〜」 と小さい声で遠慮がちに言うと、 「かなちゃんおかえり〜 昨日お祖父ちゃんに、 またおもちゃ買って貰ったんだよ〜 見て見てカッコイイんだよ〜」 と陽一が1番に走って来た。 僕の心臓が極限まで高鳴った。 もう頭は真白で考えていた紹介のステップなんて 欠片も残っていない。 “あ~ また矢野先輩の時の再現か!” そう思っていたら、 佐々木先輩を見るなり陽一は持っていたおもちゃを 床にゴトっと落とした。 その時に気付くべきだった。 何かが違うと…… 僕は陽一は先輩の事を、 “あ~ 佐々木先輩だ!” と言うものだとばかり思っていた。 ところが、陽一が口にしたのは 「パパ! パパ! パパ! 僕のパパだ!」 だった。 そして先輩に駆け寄り飛びつくと、ギュッと抱きついた。 僕はあっけにとられ、 声も出せずその光景に見入った。 “え? 何故? 何故陽一には佐々木先輩が 自分のパパだと分かったの?” 写真を何度も見ているのに その時はパパのパの字も出なかった 更に驚いたのは先輩の反応だった。 陽一をぎゅっと抱きしめると、 その頭をそっと掻き撫でた。 「思った通りに要の髪のように柔らかいんだな。 顔を良く見せて…… やっぱり要にそっくりだな。 色は俺譲りか?」 “え? なぜ? 先輩、陽一の事知ってたの? どうやって分かったの?” 遅れてお迎えに出て来たお母さんに 「先輩に話したの?!」 ときいたけど、 お母さんは首を左右に振るばかりだった。 「ほら要、玄関で呆けてないで上がってもらいなよ」 お母さんにそう言われてハッと我に返った。 先輩をリビングに通したけど、 その間中、陽一はパパ、パパと先輩にしがみついていた。 「で、どういうことですか? 陽一の存在を知ってたんですか? それになぜ陽一が自分の子供だと?」 僕は先輩の目をジーっと見つめた。 「俺たち、前に一度、駅で会ってるって言うか 同じ場所にいたことがあっただろう?」 と先輩が話し始めた。 ヤッパリ先輩もあの時気付いてたんだなと ぼんやりと思った。 「あの時直ぐにお前だと気が付いたよ。 直ぐ追いかけたけど見失ってな、 だからその後直ぐにお前の家を訪ねたんだ。 その時お前がこの子とお母さんと歩いてるのが見えて…… 弟か? と思って近ずいたらお母さんの事 “お祖母ちゃん” って呼んでたから直ぐにお前の子だってピンと来たよ。 でも確信が無かった。 それが誰の子か…… 落胆して声がかけられずにそのまま帰ったけど、 ヤッパリ気になってもう一度戻ったら 今度は浩二に抱かれて 楽しそうにはしゃいでるのを目撃してまさかって…… お前に確認したら浩二とは ずっと会ってなかったって言ったから 浩二が父親だと言う事は俺の頭から消去したよ。 でもお前がポールの事を話し始めたので もしかしたらってまた思って…… お前の話しからも、そっちの線が強いかなって…… だからずっとこの子は お前とポールの子だと思っていたよ……」 “そう言えばポールとのことを話した時 僕は緊張で話の内容をほとんど覚えていない…… きっと先輩が気になるくらいの事を言ったんだ。 それがこんな誤解を生んでいたなんて……” 「でも昨夜ので分かったよ」 「?!」 “やっぱり僕何か言ったんだ!” 「あの子は俺の子だって……」 そう言うと先輩はお母さんの方を向いて、 「ちょっと失礼していいですか? 要と個人的な事で話がしたいので」 先輩はお母さんにそう言うと 僕を連れて僕の部屋へとやって来た。 「お前の宝箱は何処に置いてある?」 先輩の突然の問いに、 「え? 宝箱?」 と一瞬何を言っているのか分からなかった。 「ああ、高校生の時にお前が見せてくれた宝箱だよ」 そう先輩に言われ暫く考えてみた。 そうしたら、先輩の腕の中に居た陽一が、 「あ、かなちゃんの宝箱、僕のお部屋にあるよ」 そう言ったので、 「え?」 と思った。 「陽一君っていうんだろ? 俺にその宝箱持って来てくれるかな?」 先輩はそう言うと、 陽一は 「うん! 直ぐ取ってくる!」 そう言って、先輩から降りて パタパタと走って自分の部屋へ行き、 宝箱を持って来てくれた。 「あっ…… これは……」 そう、紛れもなく僕が高校生だった時、 先輩との思い出を沢山詰め込んだ小さな箱。 「僕ね、お祖父ちゃんとかくれんぼしてた時 かなちゃんのベッドの下で見つけたんだよ。 中にいっぱい面白いものが入ってたから僕、貰っちゃった!」 「そんな…… 陽ちゃんダメだよ、人のもの勝手に貰っちゃ…… でも忘れてたこんな箱があった事…… 先輩よく覚えてましたね……」 「まあ、子犬の様に色んなものを 入れては隠してたの知ってるからな。 あの頃は、お前のそんな行動が可愛いと思って 見て見ぬふりをしてたんだよ。 まあ、開けて何が入ってるのか確かめて見な」 先輩がそう言ったので半分緊張、 半分ドキドキしながら開けて見た。 この箱を開けるのは7年ぶりだ。 正直、中に何が入って居るのかさえも忘れてしまっている。 思い切って開けた後、一番最初に目に入ったのは あの日に先輩に渡された小さなジュエリーボックスだった。 「これは……」 僕は先輩の方を見た。 「もう何が入ってるか分かってるんだろ?」 僕は震える指でその箱を開けた。 そして涙が溢れ出した。 “思い出した…… 7年前封印した僕の永遠……” その中にあったのはあの日と変わらない輝きを放った 今、正に先輩が左手薬指にはめて居る指輪の片割れだった。

ともだちにシェアしよう!