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番外編)巻き込まれ非凡くんのおっとり過ごす日常生活 2

 2年生になって1日目から一日中能代くんに連れ回されてクタクタの僕に、最早定位置なベッドをソファがわりに並んで座った落合先輩が突然言った。 「篠塚。風紀で保護する見通しが立ったぞ」 「……へ?」  何の脈絡もなく突然で、何の話?状態だったのだけれど。  落合先輩の手にはスマホが握られていて、どうやらそこからの情報らしい。 「風紀室保護も寮室移動も、クラス替えもか、なんでもアリだな」  読みながららしくぼそぼそだけれど、何やら魅力的な情報のようだ。  チラリと見える画面はバルーンだらけだから、グループトークアプリっぽい。風紀委員会のグループなのかな。 「最初に本人の保護申請がいるようだ。明日にでも手続きを始めようと風紀の方で盛り上がってるが、どうだ?」  どうだ、ってことは決定権は僕にあるのかな?  能代くんから引き離してくれるなら多少の不具合には目を瞑るけど。  それでどこまで効力があるか。能代くん強烈だからなぁ。 「寮が引越しできても見つかったら捕まっちゃうと思うんですけど」 「クラスも変わって食堂使わなければ早々顔も合わせなくなるだろう」 「クラスですか……。あぁ、D組なら棟が違うから見つからないかもですね」 「D組なぁ……。赤阪もいるし教室内はあまり心配いらないだろうが、それ、クラス替えというよりクラス落ちだぞ?」 「別に罰則を受ける事実もないですし良いんじゃないですか? なんでもアリなんでしょう?」  クラス替えとはいってもそこまで思いきらなくても、と落合先輩は困った顔だけれど、AからC組は教室横並びでD組だけ別棟に隔離されているクラス配置は、逃げたい理由のある僕には魅力的に映ったのだから仕方がない。  D組といえば不良クラスの別名が付く溜り場なのだけれど、本来成績順に分けられているクラスのD組は学年の中で下から数える成績不良生徒の所属するクラスでもあるから、成績は奮わないけれど大人しい生徒もいないわけではないんだ。  話のわかる人だと評判の日達総長を口説き落とせば、D組入りも難しいことではないだろう。  僕のD組入り希望を副委員長に打診していた落合先輩がさらにガックリと肩を落とすから何事かと思ったのだけど。 「日達から篠塚に、だと」  見せられたスマホの画面には、『任せろ!』の文字と共にニッコリ笑って見せた歯がキランと輝いているアニメキャラクターのスタンプがあった。  予想以上に気さくな人だったらしい。  翌日。能代くんが目を離してくれた隙をついて風紀室に連れ去られた後、1日風紀室で過ごしていた。  亨治さんから教わったばかりだという、実は用意されていた保護制度の説明を受け、その制度を利用してどう対策を打つのか相談する。  風紀としては、教室も寮室も移動して風紀委員の警護付きでしばらく様子を見る案が提示されたけれど、能代くんに連れ回される以外に目立った被害もないのだからわざわざ護衛は不要だと遠慮させてもらう。  D組に移動することで赤阪くんとはほとんど一緒になるのだし、危険といえば危険なのは登下校の間くらいだ。  けど、能代くんは朝起きるのが苦手らしくて登校時間が人とずれているから今までも授業に出るのは問題起きなかった実績がある。 「確かに朝は俺も迎えに行っていなかったが、普通に登校してたな」 「じゃあ、心配なのは帰りかぁ」 「能代もそうだが、不可抗力とはいえ生徒会の連中と行動していたのは見られてるからな。離れたと認識されるまでは親衛隊に警戒が必要だ。放課後は奴らの動きも活発化するんだ」 「それこそ、風紀室保護が妥当じゃね?」 「来るのは赤阪に付き添ってもらえば良いしな。それでいくか」  見回り当番から外れているそうな風紀委員の2人と委員長、副委員長の計4人で相談するのを、僕は結論を待って見守ってみる。  風紀委員の手を煩わせる部分には本人たちにお任せした方が良いに決まっていた。 「クラスはD組で決まりとして、寮はどうする? 今まで通り特待生用だと能代と同じ階だろ」 「特待生階って2階分あるんだよ。役員階の一部がそれ。委員長の部屋の隣、今年は空き部屋ですよね?」 「あぁ、去年矢野先輩が住んでたとこな。空いてるぞ」 「じゃあ、ちょうど良いですね。ちょっと寮監のとこ行って話してきます」  本人の確認も委員長の了承も待たずに部屋をサクサク出ていってしまう赤阪くんをちょっと唖然と見送る。  腰軽いな。  同じように見送っていた落合先輩も苦笑気味だった。 「随分積極的だな、アイツ。で、篠塚もそれで良いか?」 「僕がここにいてお邪魔になりませんか?」 「その辺出歩かれるよりははるかにな。気になるなら仕事手伝ってくれ。見回りはともかく、風紀は事務仕事は苦手なのが多いんだ」  あぁ、腕っ節重視だから。さもありなん。  それなら、と頷いたら途端に3人から大歓迎を受けた。これで書類地獄が楽になる、だそうで。  そこまで歓迎されちゃあね。頑張りますか。  その夜から生活が一変した。  落合先輩と二人きりにするのは心配だ、と風紀の3年生が何人か押し掛けてきた落合先輩の部屋で週末を過ごし、その週末のうちに部屋の清掃が入った新しい自室に引っ越してみたところ、本当に能代くんに出会わなくなったんだ。  D組に隔離されて教室が離れたせいだろう、と他の人は大体声を揃えるけれど、能代くん自身は教室で授業を受けずに学内を徘徊してるんだからそこは関係ないと思う。  のに、本当に出会わない。  正直、不思議。  能代くんは寮室から荷物ごと失踪したうえ教室からも机ごと消えた僕を探し回っているそうだ。  教えてくれるのは、D組のクラスメイトや風紀委員のみなさん。それに、蓮池会長。  能代くんのそばから離れた蓮池会長からは、何故か頭を下げて謝られた。  能代くんに連れ回されていた蓮池会長に謝られるほどの責任はないと思うんだけど。  風紀委員の事務仕事を手伝うようになって、いかにこの学園が荒れているかを実感するようになった。  風紀委員の主な仕事は教師の目が届かない授業時間外の学内治安維持で、警察か自警団に近い。学則も弛く制服はあるけれど服装規定も特にない学園だから、「風紀」にあたる職務がそのくらいなんだとか。  で、それにかかわる事務仕事というと、喧嘩の仲裁やイジメ、制裁行為の取り締まりといった日々の活動の報告書代筆とか、取り締まった結果発生する学生の処罰に関わる手続き、損壊した器物の修復に関わる手続きなどなど。  本来は毎日事務仕事に追われるほど多くないはずだそうで、実際発生する書類をファイリングされている過去分は1年でリングファイル1~2冊で済んでいる。  それが、今年の2月からすでに3冊目というのだから、どれだけ異常事態か分かろうものだ。  発生する書類の起因は、半分が能代くんとその取巻きたちによるもの。残りのうち半分が親衛隊による制裁の取り締まり、さらに残りが通常通りのというにはちょっと多いらしいけど細々とした騒動という内訳だった。  親衛隊って思った以上に厄介者だったんだね。色んな人から気を付けろって注意されてたけれど、実感もなくて軽く見てた。ちょっと反省。  それにしても、能代くんはモノ壊し過ぎだなぁ。  補修費の捻出は生徒会任せになっているけれど、ここまで被害額が多いと保護者に請求しても良さそうな。  まぁ、そこは仕事に戻ってきた鐘崎くんの仕事かな。頑張って。影から応援。  それと、事務仕事を手伝うようになって、赤阪くんからはしみじみ感謝された。  今まではそこまで忙しくなかったからゆっくり捌いていた書類が、能代くんの転入とそれによって何故か派生した周辺緒生徒の問題行為によって量がはねあがり、風紀委員の中ではほぼ唯一事務仕事に長けていたそうな委員長が僕に付きっきりで不在になり。残された彼らはあっぷあっぷしていたそうだ。  いや、篠塚に委員長が張り付いてたのは委員長のワガママなんだから篠塚が責任に感じることはないんだぞ、なんて赤阪くんが大慌てでフォローしてくれたけど。  その事務仕事を委員長より手早く丁寧に捌いてくれる、と風紀委員の中では僕の株が何やら必要以上に跳ね上がっているようだ。  そんな感じで、日中は赤阪くん、放課後は風紀室留守番の落合先輩とべったりの生活。二人とも性格容姿ともに頼りがいある人だから余計に頼ってしまう。  そんな生活をしているうちに、周りの人が僕をどう思っているのか察せられるようになってきた。  今まで追い詰められてたんだなぁ、って今更自覚するんだけど。  いや、あのね。  篠塚兄弟って目立つ兄たちがいたおかげで、目立つようなことは何もしていない僕まで世間の好奇の目から逃れられなくて、注目を避けるように今まで生きてきたんだよ、僕。  だから、周りの目の意味を察するのに敏感に嫌でもなっちゃうわけで。  赤阪くんやD組のクラスメイトたちはむしろ可愛い弟を守る気満々だし。上の兄たちと目線や態度が丸っきり一緒なんだものね、誤解しようがない。  落合先輩は、何ていうか、弟とか友人とか可愛い後輩とかに収まらない熱がありそうなんだ。ぶっちゃけ、好かれてるのかなぁ、って思う。  で、風紀委員のみなさんはそれを全面的に応援してる。これは間違いない。あの人たちあからさますぎ。  風紀室から寮までの帰り道は、お隣さんの誼で落合先輩が送ってくれる。  ちなみに、コンビニ経由。自炊しようにも料理ができない僕は能代くんが来るまでは食堂のお世話になっていて、能代くんが来てからも引っ張られて行く感じでやっぱり食堂利用だったんだけど、能代くんから逃げている僕はさすがに行っちゃダメなところ第一位に跳ね上がってしまって。  コンビニと名は付いているものの、一部ではスーパーと迷いなく呼ばれているその店は、総合物販店だ。食品や惣菜に日用品、100均にあるような雑貨まで品揃え豊富。  けど、今日は寮に直行することになった。  落合先輩が、昨日作ったカレーが大量にあるから食べに来ないか、って。放課後風紀室にお邪魔した時から変わらない硬い表情で。  そこで何が始まるのか分からないほど僕は鈍感じゃないですよ、先輩。 「ちょ、ちょっと座って待ってろな。今用意してくるから」 「いえ、お話を先に伺います。何か、あるんでしょう?」  だって、気の毒になるくらい緊張してるんだもの、先輩。長引かせるのは申し訳ない。  それに、夕飯にはまだ少し早いですよ。  話があると言われてないのに話があること前提の僕の台詞に、先輩は激しく狼狽の様子。  意地が悪いのは分かっているけれど、その狼狽えっぷりが面白くてつい笑ってしまう。 「な、なんで、話って……!」 「先輩、今日あからさまに不審ですよ」  言われてはっと気づくとか、ていうか普段の冷静沈着な風紀委員長に似つかわしくないオーバーアクションで、むしろ可愛らしい。  和むなぁ、落合先輩。  バタバタと部屋中を無意味に歩きまわり、座ったかと思えば台所に逃げ出して、と挙動不審もピークに達した頃、淹れた紅茶を手に戻ってきた落合先輩がそれを目の前のテーブルに置いてひとつしかないソファだから仕方なく隣に座って、ようやく深呼吸して僕に向き直った。  帰宅からここまで約10分。学内一頼れる兄貴分な落合先輩の超珍しい姿を堪能させていただいて、僕はなんだか得した気分なんだけど。 「篠塚に話がある」 「はい。何でしょう?」 「君のこれからの一生を俺と共に歩いてくれないか」  ……。  …………? 「……え?」 「俺の生涯のパートナーになって欲しい」  んん? それは、えーと、プロポーズのテンプレではなかったでしょうか? 「…い、一足飛びで、すね……」 「そうか? 交際を申し込むならこのくらいの心意気は当然だと思うが」  そんな覚悟まで決めてたなんて、そりゃ緊張するはずだ。  こちらがそんな身構えてなかったから、未だにちょっと考えが落ち着かないんだけど。  今度はこちらが狼狽えていたら、先輩は苦笑して肩の力を抜き背もたれに寄りかかった。 「俺は家庭環境が特殊だからな。好いた惚れたってだけで突き進んでは相手に迷惑をかけないとも限らない。一生涯を背負う覚悟がなけりゃ安易に思いを告白するのも憚られると弁えていたんだ」  それは、親がヤクザさんだってお話。さすがに落合先輩の素性は学内で知らない人もいない有名な話で、親しい友人もいない僕でも知っていた。 「俺自身は極道に身を落とす気はさらさらないが、周りにとっちゃ俺は組長の御曹司だし、組にとっても若様扱いではある。うちの親父に敵対する勢力にとっては俺自身も俺の恋人も親父の弱味になり得るわけだ」  なるほど、あり得ますね。息子の恋人なんて組には何ら関わりのない純然たるカタギの人間だけれど。バカはどこにでもいる。  けど、そこまで理解していても巻き込もうとする先輩は、分かっているのだと告白するからこそ、その覚悟のほどが伺い知れてしまった。 「恐がらせるのは分かっている。だが、それでも俺は「先輩は、落合の姓を捨てられますか?」……え?」  その気持ちを諦められないのだ、と誰が想像したって誤りようのない言葉の続きを無理矢理遮った。  僕に一生涯を望んでくれるなら、そしてそれを嬉しいと僕が思うのだから、腹も据わるというものよ。 「僕のすぐ上の兄が、たぶん年内に嫁に行くか旦那様を婿にもらうかする予定です。その旦那様は今は家格が中産階級に落ちたものの元は社交界にあった家の生まれなので、篠塚に養子に来てもらうのに障害もほぼないと家族総出で口説き落とす心積りなんです。それで前例が出来れば、僕も旦那様を婿養子にいただくのに支障が減ると思うんですよ」 「それはつまり……」 「僕の旦那様になってくださいませんか?」  プロポーズをくれた先輩に諾の返答を返すなら、このくらいの覚悟を示すのは当然のことだと思うんだ。  自分からプロポーズしておいてそれが同程度の返答で返ってくるとは思っていなかったのか、しばし茫然と僕を見つめてくれたあと、クシャッと表情を弛めた。 「篠塚、男前だなぁ」 「柚舞です、先輩」 「叶多だ、柚舞」  改めて、よろしく。お互いに、まずは握手から。  そのまま手を引っ張られて抱き締められた。叶多先輩の心臓が早鐘のよう。ドキドキしてくれているのに、今更ながら照れてしまう。 「好きだ、柚舞。応えてくれて、ありがとう」 「こちらこそ、です」  おでこにチュッてされて、顔を上げて。  初めてのキスは、実は僕のファーストキスなのです。  うわぁ、なんかだんだん恥ずかしくなってくるんですけど。  落ち着いたせいか妙にドキドキしはじめて、叶多先輩の顔が直視できない。  抱き締められているついでに抱きついて、逞しい肩に顎を預けて。  そうしてしばらく二人して抱き合っていたところに、どこかからブーンと音がした。携帯のバイブ音っぽい。  叶多先輩のスマホはテーブルに置いてあって無反応だし。  ってことは、僕のか。  入れっぱなしでほとんど見ない、使用頻度低すぎて勿体無いと未だにガラケーな携帯を引っ張り出すと、探している間に切れてしまった着信は柚栖兄さんからで。 「ここで折り返しても良いですか?」 「どうぞ。俺は席を外そうか?」 「滅相もない。寛いでてください」  むしろ、僕のソファになっててください、とばかりに叶多先輩の膝に座ったら、後ろから抱き締められた。  なんかこの体勢、恋人っぽい。 『もしもし、柚舞くん? 今大丈夫だった?』 「大丈夫! 兄さん兄さんニュースです! たった今彼氏ができました!!」  背後でビクッと震えたけど、あえて気にしない。電話の向こうも黙っちゃったのはちょっと気になるけど。 『……本当に今大丈夫だったの?』 「大丈夫だよ~。ちょうどまったりしてたとこだから」  ねぇ、と同意を促して後ろに寄りかかったら苦笑が返ってきたんだけど。  まぁ、確かにいつもよりテンション高めだけどね。  そうだな、なんて目で頷いてくれるのに気分を良くする。アイコンタクトとか。なんか嬉しい。 『なら良いけど。夕飯食べにおいでって誘うつもりだったんだよ。良かったら彼氏さんと一緒に、どう?』 「行く行く……って、ちょっと待ってね。聞いてみる」  聞いてみるもなにも、すぐそばに叶多先輩の顔があるから振り返ることすら中途半端で良いくらいだけど。 「聞こえてました?」 「俺も一緒で良いのか?」 『どうぞどうぞ、ご遠慮なく~』  なら、と頷いてくれたから、行くって~待ってるね~と兄弟の会話をして電話を切って。 「今日の今日でご家族に対面とは思わなかった」 「向こうは叶多先輩だって知ってるので、気負わなくて大丈夫ですよ」  きっと亨治さんも一緒だろうし、フォローしてくれると思うんだ。  ……って、そうだ。 「カレー。せっかく用意してくださったのに……」 「火を入れておけば明日に持ち越せるさ。明日一緒に食べよう」 「はい。ありがとうございます」  さすがカレー。寝かした方が美味しいもんねぇ。  見た目通りお子様舌だからカレーとか大好きなんだ。楽しみ。 「ところで、柚舞くん」 「くん? はい?」 「せっかく恋人になったことだし、敬語は止めないかい?」  ん~? そういえば今まで通り敬語だったかな。まったく意識してなかったけど。  とはいえ、すぐに切り替えることができるほど僕は器用じゃないし。 「そこは、追々でお願いします」 「できるだけ早目の対応でお願いしますね」 「……叶多先輩まで敬語はやめてください」 「じゃあ、努力してくれるかな?」 「はーい、わかりまし「敬語」……あい」  そんなこんなで。  篠塚柚舞。日常生活に彼氏の存在が付け加わった第1日目。  それから色々あって。  元々スカウト制の風紀委員に正式加入して叶多先輩の後を継いで風紀委員長に就任するまであれよあれよという間で。  目立つ立場に立たずに平凡な一生徒で卒業するつもりだったんだけど。  風紀委員長の恋人になった時点でそれは無理だと赤阪くんに笑い飛ばされちゃったし。  まぁ、篠塚家の宿命と思って諦めますか。  ね。

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