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番外編)巻き込まれ非凡くんのおっとり過ごす日常生活 1

 日々是好日とばかりにのびのび過ごしていた僕の生活に影らしきものが差したのは、2月半ばのある日の放課後だった。  篠塚家の特権で特待生と同待遇をもらっていた僕の部屋は独居用の一人部屋だったはずなのだけれど、その部屋の玄関扉が大きく開かれていたんだ。  空巣なら大胆すぎる。  まぁ、扉回りも青いクッション材で養生が施されていたからそんなわけがないのは一目瞭然だけど。  そこにいたのは、作業着を着た明らかな作業員以外は、学園長ともじゃもじゃの少年。  これが能代くんとの初対面だった。 「私の可愛い甥っ子が転入することになったんだがね。一人部屋では心配だし、学年首席の君が同室になってくれれば心強い。少し手狭にはなるが、よろしく頼むよ」 「お前がゆーまか!? 俺は能代愛生だ! 愛生って呼んでくれ!! ひとりで寂しかっただろ!? これからは俺が一緒に住んでやるから大丈夫だぞ!! よろしくな、ゆーま!!!」  ふたりのそれぞれの説明はこれだけで。  家具はすでに運び込まれた後のようで、1LDKのリビングには見覚えのある寝具と机が隅の方に追いやられて置かれていた。その周りには僕の私物が組立式の箱に入れられ積み上げられていた。  僕の方が先に住んでたんだけどなぁ。先住民は追放されるのが世の習いということなんだろうか。 「はぁ、えぇと。よろしくお願いします。あの、学園長……」 「友だちに敬語なんか使うなよ!! 一緒に住むんだし、俺たちもう親友だろ!?」 「……いつの間にそうなったのか知らないけど、違うと思うよ、能代くん」 「何でそんな寂しいこと言うんだよ!! あ、わかった! ゆーま、友だちいないからそんなこと言うんだろ!! 大丈夫だぞ!! 俺がいてやるからな!!!」  えぇと。  ここまで自己主張しっかり出来てたら同室者いなくても大丈夫じゃないかな。  漏れそうになるため息をなんとか堪えて、こちらが揉めている間に片付け作業を終えていた作業員が挨拶のため声をかける隙に部屋に入る。  個室から追い出された僕の私物がリビングに散乱していて、今度こそため息が出た。  予想以上に室内は惨憺たる有様だった。  同室になるのはまぁ百歩譲っても、2人部屋は空いてなかったのかとか、勝手に私物を触るなら事前に連絡があるべきじゃないのかとか、言いたいことは山とあったんだけど。  能代くんを残して大人たちは揃って出ていってしまって、抗議する暇がない。学園長の采配なら能代くんに言っても仕方ないしなぁ。 「なぁなぁ、ゆーま、聞いてくれよ! 俺今日初めてここ来たんだけどさぁ! すっげぇ山奥なのにお城みたいだよな、ここ!! 門のとこもムダにでっかくて入るとこわかんなくってさ、乗り越えてやったら優之介に笑われちまったし!! あ、優之介わかるか!? 生徒会の副会長なんだってさ! 友だちになったから後で紹介するな!! でさぁ……」 「能代くん、部屋の片付けは良いの?」 「なんだよ、他人行儀だな! 愛生って呼べってば!」 「能代く……」 「愛生!!!」 「……愛生くん。ごめんね。僕ここ片付けなくちゃいけないんだ。愛生くんも部屋片付けなよ」  っていうか、リビングにはクローゼットないんだけど。どうしようか、この大量の衣類。  途方にくれているうちに、名前を呼ばれて満足したらしく能代くんはいなくなっていた。  やれやれ。  まぁ、春休みに部屋替え申請が通るまでの辛抱だ。あと1ヶ月くらい我慢しよう。  この時はそう見込んでいたんだ。  ちょっと都合が良かったらしい目論みは面白いくらい片っ端からガラガラと崩れたんだけど。  それからはまぁ、散々だった。  どうやら面食いらしい能代くんは、学園到着時に案内してくれたそうな副会長を皮切りに、面白いこと大好き無邪気っ子の鵜山兄弟を懐かせ、やる気ゼロ無気力さんの鐘崎くんを手懐け、他にも見つけたイケメンに片っ端から口説き、果ては忙しそうにしていた生徒会長まで生徒会室で大騒ぎして誘惑してみせた。  手腕と呼んで良いならなかなかの凄腕だと思うよ。  でも、そうして集めた人たちとうちの部屋で夜中まで大騒ぎするのは止めて欲しいよね。 「全くだな」  しみじみと同意して頷いてくれたのは、風紀委員長の落合先輩だった。  いやいや、23時も過ぎたこの時間に僕のベッドに並んで座っている貴方も同罪なんではないでしょうか?  そういえばこの人、いつ合流したんだっけ。 「しかしアイツら、あんな煩いのとよく喋っていられるな。最近耳鳴りが酷くて敵わんのだが。篠塚は大丈夫なのか?」  やれやれ、とため息混じりで呟くそれは、つまり能代くんにあまり良い感情を持っていないことを意味していて、ビックリしてしまった。  じゃあ、どうしてここにいるんだろう、この人。 「どうしてって、お前……。なんだ、気付いてなかったのか」  唖然として、なにやら納得して、それだけの反応。  答えになっていなくて少しムッと怒った表情を出して隣を見やったら、落合先輩は何故だか腹を抱えて笑っているところだった。  笑うのに忙しかったらしい。  変な人。 「お前も十分変だろ。まぁ、あれだ。他にも部屋は空いているのにわざわざひとり部屋に押し掛けてきた転校生とその劣悪環境を押し付けてきた学校側の動向監視。それと、つれ回されるわ親衛隊から睨まれるわと気の毒な篠塚の護衛だな」  そうか。風紀委員長のお仕事だったんだ。  納得したら、いつのまにか合流した手腕にむしろ感心してしまった。  我ながらお手軽だ。  納得顔の僕に落合先輩はちょっと情けなく眉尻を下げた。男前がそんな顔しても情けなくならないのはズルいと思う。 「助けてやれれば一番良いんだが、今の段階で学校側に突き付ける内容もなくて引き離してやる術がなくてな。風紀の方で対策検討中だ。もう少し我慢してくれ」 「そんなに気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ。積極的に逃げ出そうとしてない僕も悪いんだと思いますし」 「ふむ。まぁ、それもあるんだが。自覚していたのか。ちなみに、何故甘受しているんだ?」 「逃げる口実を探すのも物理的に逃げ出すのも面倒臭くて」  だって、遠慮してみせたら怒られるし、腕をぎゅっと握られ過ぎてアザになっちゃったし、少し我慢すれば他に意識が向いて放っておいてくれるんだからその方が楽なんだ。  こうして勉強に集中していれば外野の騒音もそんなに気にならないし。  落合先輩と反対側のベッドに広げた勉強道具と膝の上に伏せた教科書を示して理由にして。  落合先輩も苦笑状態。 「そういや、来週は学年末試験か。俺も勉強しなくちゃな。とはいえ、護衛任務からも離れるわけにはいかんし、どうしたもんか」 「ここで良ければどうぞ。僕のベッドに上がる人はさすがに他にいないみたいなんで、場所は空いてますよ」  残念ながら台になるものがないので工夫が必要だけれど、やらないよりは大分マシだ。  落合先輩も、それは有り難いと言って笑った。  で、ついでに僕が広げている勉強道具を覗きこんできたのだけれど。 「ところでな、篠塚。それは3年の教科書に見えるんだが?」 「はい、そうですよ?」 「試験勉強は良いのか?」 「そっちは一夜漬けの予定です」  普段予習復習欠かさず学習内容をしっかり修得しているつもりなので。  前日に試験範囲の確認だけしておけば問題ない。これ、経験則。  改めて試験勉強すると何故かむしろ余計なところに目が向いて分かっていたはずの内容に不安を覚えるっていう謎現象が発生するんだよね。  タイムリミット取っ払って改めてしっかり見直せば全然悩む必要ないのもわかるのに。  これ、試験中に書き込み終えた回答は見直さない癖にも直結してる。  だって、見直して書き直すと八割方むしろ書き直す前の方が正解っていう経験してるし。  これじゃ、自分の初見の勘を信じるしかないよねぇ。  ブチブチとぼやいて言い訳する内容を聞いていた落合先輩は唖然としているんだけれど。 「……学年首席が試験勉強一夜漬けとか、他のヤツには言わない方が良いぞ。やっかまれるからな」 「はーい」  素直に返事してみた。  だって、反論の余地もないものね。  学年末試験の結果は、中等部からずっと維持し続けていた学年首席の座から転落の2位だった。  敵が満点では脱帽するしかない。  不思議なのは、日本史に設問ミスがあったのにどうやって満点を取ったのかというところなのだけど。  インフルエンザだったらしくて保健室で試験を受けた能代くんは、試験最終日から解放されたように保健室ではしゃいでいた。  たしかにインフルエンザなんて熱が下がったら暇なだけなんだけど。元気だなぁ、とは思う。  ともかくも学年末試験が済んでしまえば翌週には春休みで、学内は徐々に閑散としてくる。終業式を待たずに遠方の実家に帰ってしまう生徒がちらほらと増えてくるせいだ。  そんな中、僕も一足早く実家に帰ることにした。  だって、いい加減能代くんと離れたかったんだ。授業という言い訳がなくなったら、本当に一日中連れ回されるようになったから。  落合先輩に相談して、そういうことに決定した。  僕には現在個室もない状態だから、電子機器や貴重品の類いは持ち帰ることにした。いない間に何かあっても困るし。  たとえば、部屋の中でキャッチボールされたりとか。ちなみに、これは実績あり。暴投球が使っていたパソコンを襲いかけて慌ててキャッチしたことがもう何度もある。  おかげで荷物が重い。確かに軽量タイプのラップトップだけど、ゲームできるスペックは確保してあるから比較的軽いっていうだけだもの。  車輪の付いたキャリーバックがあったら良かったとしみじみ思う。  春休みのうちに買うことにした。  春休み中は兄さんたちの手伝いに精を出す予定にしていた。学年が変わるから宿題もなくて、早目に帰宅してしまったせいで3週間も暇ができちゃったから。  一番多く手伝ったのは次年度から学園の理事長になる柚栖兄さんの人脈フォロー作業と引越し準備で、おかげで挨拶状の書き方に詳しくなった。  柚栖兄さん自身はようやく亨治さんと会えるってウキウキしてるんだけど、その前にまず怒られる覚悟がいるんじゃないのって言ったら膨れられちゃった。  自業自得のくせに、理不尽だ。  それはそれとして、話の流れから学園の現状を尋ねられて、季節外れの転校生の話をした。  多かれ少なかれ、今の時期に学園の話題が出れば誰でも真っ先にネタに挙げるのではないかと思う。  同室になったと話したらひとり部屋じゃなかったのかと驚かれたんだけれど。  引継ぎ情報に入ってなかったのかな。あれだけ騒ぎを起こしていれば生徒でも職員でも警戒対象だと思うんだけれど。 「篠塚家の一員として断固拒否して良かったのに。言えるだけの運営資金も拠出してるんだし、当然の権利だよ?」 「うん。でも、もう2月も半ばだったし少しすれば春休みで部屋替え申請できるから、波風立てることないかなって思って」 「申請はちゃんとしたの?」 「うん。出来ればひとり部屋でって」 「できればじゃなくてそこは必須なんだけど。僕からも言っておこうか」 「良いよ。身内贔屓だって悪い印象持たれるのも嫌だし」 「そう? 困ったことは我慢しないでちゃんと言ってね?」 「うん。ありがとう、兄さん」  これが、春休み中の柚栖兄さんとの会話。  この時はまさか、二人部屋がいっぱいで能代くんの移る先がない、なんて理由で引越し却下されるなんて思ってもいなかった。  後で考えても、理由に無理があると思うんだけれど。  そんな理由にもならない理由で仕方なく受け入れたのは、部屋替えされていないという決定を聞かされたのが始業式前日の夕方寮に帰った時だったからで。  この無連絡体質はなんとかしてもらわないと困るよね。  この時間から業者手配して空き部屋に引越しなんて無理だから諦めるけど、柚栖兄さんには愚痴いっぱいの報告メールを投げておいた。  学年内の部屋替えは正当な理由と関係者全員の了承がいるんだけど、1年間個室なしはさすがに厳しいから何とかしようと決意して。  この時点では、まだ僕は亨治さんが見舞われていた惨状に全く気付いていなかったんだ。  春休みは勝手に早めて学外逃亡していたし、逃げ出したその時は蓮池会長が能代くんの取り巻きに加わって数日ほどで、たまには休憩も必要だよね、って僕はなんとも思っていなかったから。  落合先輩も保護対象だった僕がいない分能代くんの見張りは程々に留めていて、蓮池会長が仕事をサボっていることすら認識していなかったそうだ。  そうして迎えた入学式、在校生には始業式の当日。  実は春休み中にも水面下で進行していた事態が公衆の面前に晒されることとなる。

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