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第6話 終わりのその後

 あれから、別の家へと引っ越した。警察沙汰にはしなかった。だって、万が一にでも兄さんが晒し者になってはならなかったから。血は完全に拭き取って、臭いも抜いた。父さんの死体は、そういう業界の人間に処分してもらった。 「秀磨、ただいいま!」  玄関のドアが開き、兄さんが帰ってくる。 「お帰り、兄さん!」  満面の笑みで僕の名前を呼ぶ兄さんが愛しくて、僕も笑顔になる。 「今日のご飯、何?」  兄さんがちょうど昼食を作っていた僕の手元を覗く。 「今日はね、ナポリタンだよ。兄さん、好きでしょ?」 「やった!」 (昼食のメニューではしゃぐ兄さん、可愛い。)  本当に、幸せだ。やっぱり、あの時抱かれておいてよかった。凄く気持が悪かったけど、別にあの人悪い人ではなかったし、死体の処理も快く受けてくれた。本当に、良かった。兄さんが幸せそうで。 「兄さん、もうすぐできるけど、先に手を洗おうね。」 「ん。」  兄さんは、今では毎日年相応に学校に通い、笑うようになった。部活があったりで遅くなったりするのは少し寂しいけれど、兄さんが幸せならばそれでいい。 「…秀磨」 「ん?なあに、兄さん。」  兄さんが、僕と向き合って、何か真剣そうに見つめてくる。 「その、ありがとう。」  そして、へにゃりと笑った。 「……!」 (…不意打ちすぎる。) 「その、秀磨がいてくれたから、俺は今こうして笑ってられるし、普通の生活を送っていられるわけだろ?だから、その、」 「兄さん……。」  上目遣いになっているのに気付いていないのか、それともわざとなのか。とにかく仕草が可愛い。 「こちらこそ、ありがとう、兄さん。僕だって、兄さんがいるから幸せになれるし、こうして笑ってられる。兄さんにお礼を言われるようなことをした覚えは一つもないけれど、兄さんにありがとうって言ってってもらえるような人間でいられる。だから、ありがとう。」 (兄さん、僕は兄さんがお礼を言うような人間ではないけれど、兄さんがそう思ってくれるから、生きていけるよ。) 「う、うん。…なんか、自分で言っておいて恥ずかしい。」  兄さんが羞恥に顔を赤面させる。 「ふふ、可愛い、兄さん。」 「どうして秀磨はそんな簡単に言えるんだよ。」  兄さんがむくれたように唇を尖らせる。 「さあね~。」 「えー。」  どうか、この素晴らしい日常が続きますように。兄さんの幸せが守られますように。兄さんが誰にも、何者にも侵されませんように。 「大好きだよ、兄さん。」  小さく小さく呟いたそれは、兄さんの耳にすら届くことはなかった。

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