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第3話 続・山田オッサン編【3】

 本日の職務も無事完了したエレベータホール。  くたびれたビジネスバッグを脇に挟んだ山田は、エレベータを待つヤツらのなかに同居人の後ろ姿を見つけた。 「おー、佐藤」 「よォ」 「もう帰り?」 「まぁな」 「じゃあメシ食って帰んねぇ?」 「いいぜ、何食う?」  その会話を聞きつけて、そばにいた顔見知りのユミが振り向いた。 「あー山田さんと佐藤さん、また同棲始めたってホントなんですかぁ?」  その声に、辺りにいた数人が全員振り向いた。  なかには知らない顔もあれば、山田の後輩も佐藤の部下も、あるいは2人のずーっと上役も、みーんな取り揃っていた。  なので素知らぬツラで佐藤が応じた。 「同棲じゃねぇ、同居だ」 「またまたぁ、みんな言ってるんだから隠さなくてもいいですよう」 「みんなって誰だよ?」 「みんなです」 「──」  この埒の明かない会話をどうしてくれたモンかと佐藤が思案したとき、エレベータがやってきた。  幸い、上のフロアから乗ってきた他社の人間がいたため、ユミの暴走はそれ以上発展しなかった。  ビルを出ると、2人はブラブラ歩きながらメシの相談に戻った。 「で、何食うよ?」 「中華食いてぇなぁ、青椒肉絲とか」  山田が言うと、佐藤が煙草を出しながら応じた。 「じゃあ中華でいいぜ」 「あでも、青椒肉絲ならお前が作ったヤツが一番ウメェもんなぁ」 「青椒肉絲以外でいいじゃねぇか」 「でも中華なら青椒肉絲が食いてぇんだもん、いま」 「じゃあどうするよ」 「そうだなぁ、最近ご無沙汰してるイタリアンとか?」 「イタリアンでもいいぜ」  佐藤が煙草を咥えて答えると、あっ! と山田が声を上げた。 「でもイタリアンなら、お前が作る鶏のトマト煮みてぇなヤツ食いてぇし」 「スタンダードにパスタとかじゃダメなのかよ?」 「パスタでもトマトとチーズ的なヤツが食いてぇけど、お前が作るトマトソースのパスタが一番ウメェし」 「じゃあどーすんだよ」 「そうだなぁ、和食?」 「和食だったら何食いてぇんだよ?」 「天ぷら……は外で食うと高ェし、家でお前が揚げたヤツでじゅうぶんウメェし」 「天ぷら以外の和食にすりゃいいじゃねぇか」  煙草に火を点けて佐藤が言うと、山田は空に目を投げてウーンと唸った。 「でも外で食う和食って、ほかは別にピンと来ねぇなぁ」 「じゃあ他に何があんだよ? 洋食か?」 「洋食なぁ、オムライスとか?」 「俺に訊くな。俺は何だっていい」 「何でもいいってのさぁ、オンナに言われて一番困んねぇ?」 「俺は女じゃねぇし、もうそんなシチュエーションも訪れねぇし、あれこれ迷ってんのはお前だろうが? いま俺を困らせてんのは山田、お前だ」 「なんでもう訪れねぇの? そんなシチュエーション?」  訊いた山田を咥え煙草の佐藤が見た。 「本気で訊いてんのか?」 「なんで?」 「女とはもう遊ばねぇって言ってんだろうが」  眉を顰めた佐藤のツラを眺め、山田が言った。 「だって別にさぁ、なんか疚しい関係じゃなきゃゼロとは言えねぇだろ、そんなシチュエーションも?」 「そりゃそうかもしれねぇけどな、言いたかねぇが一応言っとく。疚しい関係じゃなくたってお前がどっかの野郎と仕事以外でメシなんか食うのは、俺は気に入らねぇ。野郎だけじゃなく女もな」 「普通は女が先じゃねぇ?」 「お前の場合は野郎が先だ」 「嫉妬?」 「嫉妬して悪ィか?」  あくまで表情は変わらない佐藤のツラを見て、足元に目を落として、脇に挟んだビジネスバッグの傷んできた縁を指でいじってから煙草を出して咥え、火を点けずに唇でブラブラさせながら山田は言った。 「オムライスもさぁ」 「あァ?」 「オムライスも、お前が作ったやつが一番ウメェし」 「はぁ、で?」 「だからぁ、ホントはお前が作ったモン食うのが一番ウメェんだけどさぁ、いっつも作らせてるし? 俺が作っても旨くねぇし? だから外で他人の作ったモン食ってアルコール引っかけて帰んのもいいなって思ったんだけどー。最近ホラ、みんなで飲みに行く機会も減ったじゃん? 田中はアレだし、弟は紫櫻と仲良くやってるし、鈴木は最近なんか本田と一緒のことが多いし。だから2人だけど久々に外呑みもいいかなぁって思ったんだけどー」 「けど何だよ」 「しょうがねぇなぁ、今日もお前にメシ作らせてやるぜ」 「──」 「じゃあハンバーグの材料買って帰るかぁ。オレ目玉焼き載ってるヤツにしーよお」  佐藤は山田のツラを眺め、おもむろに煙を吐き、言った。 「今までの流れのどこにハンバーグの存在が出てきたよ?」

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