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第4話 続・山田オッサン編【4】

 佐藤が3回起こしに来て、山田はようやく覚醒した。  正確に言えば、起きなきゃいけないという事実を認識した。  墓の下から出てくるゾンビみたいな動きで身体を起こしかけ、途中で挫けかけ、それを3回繰り返してようやくベッドから降りて部屋を出ると、ダイニングで佐藤が立ったままテレビを眺めながらコーヒーを飲んでいた。 「お前な、パンツぐらい穿け。朝から犯されてぇのか」 「いちいち自分の部屋に戻ってか?」  いま出てきたのは同居人の部屋からだ。 「しかも今からクソすんのに、いちいち穿いてまた脱げってのかよ?」  寝グセだらけの山田は半眼で答え、煙草を咥えて火を点け、便所に入った。  先日引き払ったばかりの部屋もそうだったが、長年住んだボロアパートと違って最近の賃貸物件は当たり前のようにシャワートイレなのが有り難い。  山田はクソを捻り出した尻アナを洗いながら煙を吐いた。ちなみにそのアナは昨夜さんざん同居人に弄ばれた。  便所の灰皿に煙草を捨てて出て、顔を洗って歯を磨いてダイニングに戻ると、イラついたツラで煙草を咥えた同居人がまだテレビを観ていた。  そのパリッと決まったスーツ姿の隣にマッパのまま立ち、山田もテレビを眺めた。 「なぁ佐藤」 「なんだ」 「このお天気ネーチャン、ちょっとスカート短すぎじゃねぇ?」  咥え煙草の佐藤が目だけを山田に向けた。 「服着てるだけマシだ。お前はいつになったら準備すんだ?」 「はぁ? いつだっていいじゃん。準備できてんなら気にせず先に行けよ、いつもどおり?」 「そんでまた近所のヤツと仲良く同伴かよ?」  昨日のことだ。  いつものように山田がチンタラ準備している間に、いつものように佐藤が先に出た。  そしていつものように山田が遅れてチンタラ玄関を出ると、マンションのエントランスで知らないリーマンが挨拶を寄越してきて、何となく一緒に駅までチンタラ歩いた。  一方の佐藤は、駅に着いたとき仕事の電話がかかってきて乗る便を見送った。  そしてようやく乗り込んだ電車がホームを滑り出たとき、山田と知らないリーマンが喋りながらチンタラ階段を降りてくるのを車窓から目撃したというワケだ。  ちなみに、それについて会社の喫煙ルームで口論になり、居合わせた鈴木と田中にニヤニヤされた。 「だからさぁ、昨日たまたま一緒んなっただけじゃん? 別に近所の若ぇリーマンと親しくなっちゃう人妻とかじゃあるまいしよー、ンな目くじら立てるこっちゃなくねぇ? てか今どき人妻だって近所のリーマンと出勤すんぜ、知ってっか? 斜め向かいの一軒家のヨメさん、その隣のアパートに住んでる野郎と朝よく一緒に駅まで歩いてんの。野郎のほうはカノジョと同棲中でさぁ」 「お前はご近所ウォッチングが趣味の専業主婦か山田。いいから早く服を着ろ、いい加減にしねぇとマジで入れるぞ」 「そんなに急がせてぇならオマエが着せろよ佐藤?」 「──」  およそ20分後、2人は揃って玄関を出た。  本日の山田はパンツを穿かされるところからネクタイを締められるところまで、すべて同居人の手によって仕上げられた特別仕様だ。  ついでに寝グセも佐藤に整えられ、玄関でドアに押しつけられて唇を奪われ、これから出勤だっていうのを忘れかけたところで危うく我に返って部屋を出た。 「結局この時間か」  腕時計を見て佐藤が舌打ちする。  隣で山田が大欠伸をする。 「お前が玄関でサカるからじゃん」 「サカってねぇよ、脱がせてねぇだろうが」  マンションを出て歩きだしたところで、後ろから誰かの挨拶が飛んできた。  振り向くと昨日のリーマンだった。  年の頃は30前後。細身のスーツ姿は山田と佐藤の中間くらいの身長で、人の好さげなツラに人当たりの良い笑顔を浮かべている。 「おー、昨日はどーも」  某氏の目が、眠たげに応じた山田のツラから隣の佐藤に移る。 「あ、こちらが……」 「うん、ウチのオット」  山田以外の2人が山田を見た。  山田は欠伸をしてから煙草を咥えて火を点けると、じゃあまたなと某氏に告げて佐藤の手を握った。  佐藤がその手に目を落とした。  某氏と、チャリンコで追い越していった女子高生と、斜向かいの一軒家から出てきたOL風と、その隣のアパートの階段を降りてきた若いスーツ野郎と、両手にゴミ袋を提げて正面からノシノシ歩いてきたオバチャンも、みんな揃ってリーマン2人の繋がった手を見た。  が、意に介するふうもない低いほうのリーマンが、高いほうのリーマンの手を引くように先に立って歩きだす。  ほどなく、前を行くリーマンが背後のリーマンをチラリと振り返った。 「これで安心かよ?」  咥え煙草で横目をくれる仏頂面の、その頬がほんのり染まって見えるのは気のせいだろうか。  佐藤は指を伸ばすと山田の煙草を奪って咥え、 「とりあえずはな」  唇の端で笑い、役目は終わったとばかりに離れようとした手を握り直して引き寄せた。

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