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第50話 続・山田オッサン編【36-2】

「主人も私も、山田さんが来るのをとっても楽しみにしてたんですよ。と言ってもずっと前からお話だけは聞いてたから、初対面の感じがしないんだけど」 「どっちから聞いてたんですか?」 「どっちって?」 「長男と次男と」  あぁ、と頷いて彼女は即答した。 「ほぼ次男ね。長男も必要最低限のことは話してたけど。彼はほら、そもそも寡黙なほうでしょう?」 「ですよね」 「そのぶん健二が喋ってくれるからバランスは取れてるんだけどね。山田さんのことも、健二が昔からそれはもう大のお気に入りで。1日1回は名前を聞いたんじゃないかしら。初めて会ったのは、あの子がまだ高校生の頃だったんでしたっけ?」  なんか話が違くねぇか? 山田は思った。  佐藤はこないだ、弟と紫櫻のタッグに触発されて両親が興味を持ったように言ってた気がする。しかし佐藤母の話を聞いていると、どうも山田の名前なんかとっくの昔から耳タコらしきノリだ。  大方、家族の会話というものに興味がない長男は、自分以外の山田に関するテンションに長年気づかずにきたんじゃないのか。 「もう、ほとんど病気か恋なんじゃないかと思ってたけど、まさか山田さんの妹さんと結婚するなんてねぇ」 「──」 「それも、あんな美人さんを連れてくるなんて。いろんな意味で驚きましたよ」 「しかもコブまで付いててすみません」  佐藤母が笑った。 「次郎くん、すごくいい子ですよ。大人しくて手がかからないけど無理して抑えてる感じでもないし、とっても賢いし。うちの息子たちの小さい頃とは大違い」  佐藤母の柔らかな声を聞きながら山田は思った。そうか、これが世間一般のスタンダードな母親というものか。  猥雑で乱暴な言葉遣いに時折巻き舌が混じる山田母の低音トークとは別世界だった。 「一人っ子なのに次郎って名前を付けたのが山田さんだっていうのは本当なの?」 「事実です」 「どうして長男なのに次郎くんにしたの?」 「常に自分が2番目だって意識していれば、上を目指す気持ちを持ち続けられるんじゃないかと思って。やっぱり男ですからハングリーでないと」 「え? すごい、本当にそういう理由なの?」 「すみません、大ウソです」  山田の即答にまた彼女がウケたところで、次郎を連れた次男が現れた。 「公園行ってくるー。イチさん、あっちでトーチャンが待ちくたびれてんぜ」  あらいけない、とカーチャン。 「ビールとおつまみ持ってくからリビングに行っててくれる? 山田くん」  そう告げて佐藤母が去り、山田は三和土で次郎に靴を履かせている次男の背中を眺めた。 「お前、俺の話を1日1回してたのかよ?」 「えぇ? ンなワケないじゃん、1日3回だよ!」 「──」 「んじゃ、いってくんねーっ」  新米親子を見送ってからリビングに向かうと、カウンターを隔てたキッチンに佐藤母と紫櫻がいて、佐藤父はベランダで煙草を吸っていた。 「俺も吸っていいですか?」  サッシを開けて訊くと歓待され、サンダルを借りて山田も外に出る。 「ライターあるよ」 「ありがとうございます」 「山田くんも普通の煙草吸ってるんだね」 「あぁ、電子じゃなくてですか? さ……息子さんは一時期吸ってましたね」  長男を佐藤と呼びかけてさすがにおかしいと思い、でも下の名前でなんか呼べないから無難なところに落ち着いたが、息子は2人いる。  それからしばし煙草トークで盛り上がったあと、不意に佐藤父がじっと山田を見て言った。 「山田くんは、弘司とは長いんだよね?」  山田のノド仏がゴクリと上下した。 「な──ナニがですか?」 「何って、同居?」  その何気ない声に、よもやある種の何かが含まれてないか。山田は慎重にトーチャンの表情を窺ったがコレといって嗅ぎ取れなかった。 「えぇあの、そうですね。10年ちょっとですか」 「まさか弘司がなぁ……」 「な──ナニがですか?」  またゴクリと息を呑んだ山田に、トーチャンは感慨深げな目を返して寄越した。 「アイツは高校、いや中学の頃から女の子をとっかえ引っかえでね」 「──」 「でも相手の子を大事にしてるように見えたことは一度もないし、うちにも誰ひとり連れて来たことがないんだ。健二の彼女なら、もう連れて来るなって言いたいぐらい沢山来たけどね」 「想像つきます」 「あ、でも、妹さんがダントツでキレイだよ」 「社交辞令ですよね?」 「社交辞令なら山田くんとそっくりだねって言うよ」  咥え煙草で唇の端を歪めて笑ったその顔の、なんと長男とよく似たことか。 「つまり、だから弘司が誰かと……それが彼女でも男友達でも、とにかく誰かとそんなに長く一緒に暮らして来られたっていうのが意外でね。しかも、最近いっぺん別居したんだよね?」 「べ、別居?」 「あれ、同居を解消するのは別居じゃない? 変かな。まぁいいや、とにかく一旦別れたのにわざわざ復縁したっていうのがまた意外でね」 「ふ、復縁?」 「あれ、元サヤに戻ることを復縁って言わない?」 「も、元サヤ?」 「何だか適切じゃない表現ばっかりになるね」  佐藤父の笑顔に他意はないように見える。ないようには見えるが、油断は禁物だ。

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