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第51話 続・山田オッサン編【36-3】
「で、弘司は相変わらず決まった彼女も作らずフラフラしてるのかな」
「あー、えっと、こないだまではフラフラしてましたけど最近は大人しくしてるようです……多分」
「あれ、もしかしてちゃんと付き合ってる子がいるの?」
「あー、いえ、そういうわけでもないんスけど……」
「ふぅん。山田くんは彼女は?」
「ここしばらくいません」
「そうなんだ。山田くん、弘司と同い年だっけ」
「そうです」
「見えないけど、もうそんなトシなんだねぇ。2人ともそろそろ結婚とか考えないの?」
「え──」
山田のノド仏がゴクリと上下した。
「ふ、2人って?」
「だから、弘司と山田くん」
「え──さと、息子さんと俺っすか?」
「そうだよ?」
「む──息子さんと俺がけ──結婚するってハナシっすか?」
「え?」
佐藤父は訊き返してから山田をじっと見たあとプッと吹き出した。
「まさかぁ、違うよ。2人がそれぞれ別の女の人とね……」
言いかけたトーチャンの笑顔がすうっと消えていくのを見ながら山田も真顔を作り、素早く先手を打った。
「すみません、ビックリして。てっきり俺たちをそんな目で見てるのかと」
トーチャンの顔面に速やかに笑顔が戻る。
「いやいや、いやまさかそんな。いくら唯一アイツが長続きしてる相手だからって」
「な、長続き?」
「そりゃあ健二は、ちょっと道を間違えかねないんじゃないかってぐらい山田くんに執着してたのは確かだけど。弘司のほうはまさかね」
「健二くんは正直、ちょっとおかしいです」
正直に言った山田を、佐藤父が咥え煙草のまま眺めた。
まっすぐ据えてくる目はやっぱり息子たちとソックリで、むしろ年齢を重ねたぶんだけ味わい深く、オッサン趣味の女子ならひとたまりもないだろうってぐらい反則だと思った。何しろ背は高くメタボどころか野郎として適度な理想体型で、グレーの髪はちっとも禿げてない上に顔は佐藤とくる。その上、笑ったときの目尻の皺なんかがまた実にセクシィだ。
とりあえず山田の実父の、一癖も二癖もある絵に描いたような政界関係者っぷりとは雲泥の差だった。
「なんで健二は健二くんなのに弘司は息子さんなの?」
「は?」
「さっきから弘司のほうが他人行儀だよね、扱いが」
「えっと、あまりにも長く佐藤って呼び慣れてるので今さら下の名前を口にするのが躊躇われて」
「じゃあ別に佐藤でいいんじゃない?」
「あ、そうですか?」
「たまには名前で呼ぶこともあるの?」
「ありません」
「今まで1回も?」
「えぇまぁ、記憶にある限りは」
「言ってみなよ、弘司って」
「ど、どうしてですか?」
「いや何となくだけど。じゃあさ、その初めてを僕に聞かせてみてよ。本人には内緒にしとくから」
「──」
他意は感じさせない。感じさせないが、何だろうこの感じ? 表面の穏やかさとは裏腹に何か別のものが同居する佐藤父の笑みを、山田は注意深く見守った。
これはもしや対女子モードじゃなかろうか? そして長男もきっとこんな調子で女子を口説くに違いないと、訳もなく確信する。
「そうだ、それ聞かせてくれたら代わりに僕の秘密を教えてあげるよ」
「え?」
佐藤のトーチャンの秘密?
「それはどれくらいの機密レベルなんですか?」
「3かな」
「トップシークレットっすね」
「そう、少なくともうちの家族は誰も知らないよ」
「そんなモンを俺に教えていいんですか?」
「もちろんタダじゃないけどね」
何だろう、このやり取り。佐藤の両親に会いに来ることに単純な緊張感やら後ろめたさやらを抱えてやって来ただけなのに、予想外の展開になってきた。
トーチャンがあまりにも息子と似過ぎてる。外観だけじゃない。そういえば長男もよく、こういう取引を持ちかける。
血で血を洗う……いや違った、血は争えないってヤツだ。
山田は内心激しく煩悶した。家族も知らない、佐藤のトーチャンの秘密?
──ンなの、知りてぇに決まってんじゃん!!
山田は気迫のこもったツラを佐藤父に向けた。
「む、息子さんの名前を呼んでみせたら?」
「長男のね」
「取引に応じましょう」
「はい、どうぞ」
ポンと促された山田は一拍置いて肚を括り、指先の煙草を消して決意漲る目で口を開いた。その瞬間。
「お義父さんとお兄ちゃん、用意できてますよ」
サッシを開けて紫櫻が顔を出し、山田は一歩踏み出そうとした途端に足を引っかけられて転んだような気分で三角にした目を妹に向けた。
──なんで今、この瞬間なんだよ!?
「どうしたの? お兄ちゃん」
「なんでもねぇ……」
胸に手のひらを当てて己を抑える山田に、佐藤父が揺るぎないテンションで柔和に告げた。
「じゃあ次の機会かな」
「えーっ!」
「でもほら、そうしておけば、また近いうちに遊びに来たくなるよね」
「──」
気のせいだとは思うんだけど、どうもやっぱりこれはもしや、対女子モードじゃなかろうか?
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