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第52話 続・山田オッサン編【36-4】

 頼まれた買い物を済ませて佐藤が帰宅したとき、リビングでは同居人と親父が既に呑んだくれていた。 「あ、おかえりー」  アルコールが回りはじめたらしいフヤけたツラで山田が言い、その隣で佐藤父が「お疲れさん」と機嫌良さげな笑顔を寄越してきた。  ──待てよ、隣?  佐藤長男はその光景を二度見した。女性陣はキッチンにいて、弟と次郎はまだ帰ってないらしく、リビングには父と山田だけ。  ソファセットにはお誕生日席の1人掛けがあり、そこが父の定位置だ。なのに何故、3人掛けのソファで横並びに座ってビールなんか飲んでるんだ?  しかも2人の間の距離は、まるで自宅における佐藤と山田のソレだった。  とりあえずカウンターの向こうの母にスーパーの袋を渡すと、替わりに缶ビールを渡された。 「瓶ビールにしようかと思ったんだけど、缶のほうが気兼ねないだろうってお父さんが」  頷きで応じて受け取り、リビングの呑んだくれたちに近づくと、 「おつかれー、まぁ座れよココ」  山田が身体を斜めにしてギュッと詰めた。佐藤父のほうに。  そして押された親父が山田くん痛いよと笑い、その親父の向こうの空きスペースを見て山田も笑った。 「遼平さんがそっち詰めたらいいじゃないスかぁ」  その瞬間、佐藤の思考が完全停止した。  頭に血が上ったのか、それとも血の気が引いたのか自分でもわからなかった。  遼平さん──だぁ!?  気づいたときには山田の二の腕を掴んでいた。思った以上に力が籠ったらしく山田が顔を顰めたが、佐藤は構わず引っぱった。 「山田、ちょっと来い」 「なんだよ」 「いいから立て」  大声になりかけるのを抑えて低く言うと同時に親父の目とぶつかった。見透かすような視線を寄越してちょっと眉を上げてみせるツラに、長男の神経がますますピリつく。  そこへ母がやって来た。片手に持った皿の上には香ばしい匂いを放つ、てんこ盛りの手羽の山。 「もう、この2人ったらさっきからこの調子で……あら弘司どうしたの? 怖い顔して」 「僕と山田くんが仲よくしてるのが気に入らないみたいだよ」  父が余計なことを言い、佐藤長男はひとつ深呼吸して山田の腕を放した。 「そんなんじゃねぇ」 「じゃあ座ったらどうだ」  何事もなかったかのように端に寄った親父が、そっち空けてあげなよと山田に笑顔を向ける。もはやこのポジショニングが癇に障るが、大人げなく2人の間に割り込みたい衝動を堪えて山田の隣に収まった。  一応3人掛けのソファはしかし、実際に大の男が3人座るとやや窮屈で剥き出しの肘が触れる。ということは山田と親父の肘も然りだ。それを考えると再び神経の切れ端がイラ立つのを感じたが、それも堪える。  無言で缶ビールを開ける長男を、対照的にゴキゲンの同居人が見上げた。 「店混んでた? こっから近ぇの?」 「クルマで5分ちょっとだな。人はまぁまぁいたけど、混むのはこれからじゃねぇか? 行楽帰りの客とかな」 「ふーん」 「お前は何やってたんだよ」 「俺は遼平さんと一服してから──」 「だから何だ、その遼平さんって」 「え……え?」  山田が戸惑ったツラを佐藤父に向け、佐藤長男に目を戻してからまたトーチャンを見た。 「ホントは遼平さんじゃないんスか?」 「遼平さんだよ」  親父が答える。 「そうじゃねぇ山田、なんで親父を名前で呼んでんだって訊いてんだよ」 「あぁなんだ。だってよう、お父さんって呼ぶのもナンかヘンだろ? 佐藤さんってのもナンかヘンだろ? そしたらあともう下の名前しかねぇじゃん?」 「──」 「てかお前ら兄弟、中学校の英語の教科書とかに出てきそうなスタンダードな名前なのに遼平さんだけズルイよなぁ?」 「何がだよ」 「名前がカッコよくて」  口を開けばこの場で言うべきではないセリフしか飛び出さない気がして、佐藤は敢えて反応しなかった。  が、山田は気にする風もなくビールを飲み、手羽をモグモグしながら言った。 「中学校の教科書と言えば佐藤お前、中学の頃から女をとっかえ引っかえしてたんだって?」 「あァ?」  佐藤は缶を口に運びかけた手を思わず止めた。  山田の頭の向こうから目を寄越した親父が、唇の端を歪めて笑うのが見えた。 「……余計なこと教えんのやめてくんねぇか」 「なんで? 別にいいだろ、というよりむしろ武勇伝じゃないか?」  なぁ山田くん、と同居人に投げかける声を物理的に引きちぎってやる手段はないものかと本気で考えたとき、玄関で物音がして賑やかな気配が伝播してきた。弟と次郎が戻ったらしい。  キッチンの山田妹のもとに次郎が駆け寄ったあと、弟がリビングに入ってきた。 「ただいまぁ……って、あー何、野郎ばっかでギュウギュウ座ってんの!? 俺も混ぜてよ!」  騒々しく喚いた次男は父と客人の間に強引に割り込み、おかげで佐藤の望みどおり同居人と親父は物理的に分断された。

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