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第53話 続・山田オッサン編【36-5】
それからほどなく晩メシとなった。
ダイニングテーブルは4人掛けのため、大人6人と幼児1人はリビングのテーブルを囲んだ。3人掛けソファに山田と妹と次郎、1人掛けのお誕生席に佐藤父、あとの3人は床にクッションを置いて各々適当な位置についた。
話題は次郎の保育園ネタから大学で出会ったという佐藤両親の馴れ初めまで多岐にわたり、しばらくは平穏な食事タイムが続いた。
が、山田の口から「遼平さん」という言葉が飛び出した途端、それまで満面の笑顔で正面の次郎と喋っていた次男が卓袱台ならぬテーブルをひっくり返さんばかりの勢いで沸騰した。
「何ソレ、ズリィよイチさん! なんでトーチャンが名前呼びなワケ!?」
仕方なく、山田は長男に聞かせた理由を繰り返した。
「だからさぁ、お父さんって呼ぶのもナンかヘンだろ? 佐藤さんってのもナンかヘンだろ? そしたらあともう下の名前しかねぇじゃん?」
「えーっ? トーチャンでよくねぇ? イチさんはシオちゃんの兄貴なんだから、もう息子みてぇなモンだろ? なぁトーチャン?」
「まぁそりゃあ、お前たちより山田くんみたいな息子が欲しいけど、でもせっかく名前で呼んでくれるならそのほうが嬉しいね」
「何ソレ、ズリィし! どう思うよカーチャン!?」
すると夫の湯呑みにお茶を注ぎ足してる最中だった佐藤母は、傾けていた急須を戻して余裕すら感じさせる笑みを見せた。
「ごめんなさいねぇ健二、私も恭子さんって呼んでもらってるの」
「何ソレ、ズリィし! てか俺と次郎が出かけてた間に何そんな急接近しちゃってんのっ?」
「心配するな健二」
アスパラとベーコンの炒め物を取り皿に盛りながら佐藤父が言った。
「お前だけじゃない、弘司もいなかった」
「慰めになんねぇ!」
ふと、佐藤母が息子の嫁に不安げな眼差しを向けた。
「健二がお兄さんのことでちょっとおかしいのは昔からだけど、大丈夫? この調子で本当にやっていける?」
「全く問題ありません。むしろ、もっと好きになってもらっても構いません」
「もっと好きになったら、もう冗談じゃなく恋になっちゃうと思うんだけど」
「既にほとんど恋ですよね」
「でも構わないの?」
「私も相当兄バカなので、お互い様です」
「あなたたち2人とも、山田くんが結婚でもしたら大変なことになりそうねぇ」
佐藤母の何気ない言葉に数秒、息子世代の間に妙な沈黙が漂った。
「あ、え? もしかしてそんな可能性があるの?」
ハッとしたように佐藤母が山田を見て、
「いえ全然」
即答した山田を佐藤父が見て、
「そうだよね、彼女いないんだもんね」
確認した親父に次男が不満げに眉を寄せ、
「親父とそんな話までしてんの? イチさん」
「いや、だって訊かれたから」
次男と山田のやり取りを横目に親父が長男に目を向けた。
「良かったなぁ弘司」
「は? 何が」
さっきから黙々とメシを食っていた長男が醒めたツラを投げ返す。
「山田くんが結婚したら独りになっちまうもんな」
「心配してねぇよ」
「そうやって油断の上に胡座を掻いてたら、ある日突然足元からひっくり返されるぞ」
「──」
無言で目を眇める佐藤長男を見て、山田が真摯なツラをまっすぐトーチャンに据えた。
「大丈夫です、息子さんをひとりにしません」
すると佐藤母がウケて、イチさん息子ってオレ? と次男も真摯なツラを作り、唇を斜めにした佐藤父の視線が素知らぬ風情でメシを食う長男を掠め、山田妹の隣で混ぜ込みごはんのおむすびを頬張っていた2歳児がほっぺにごはん粒をくっつけたまま伯父とその同居人を交互に見た。
「イチくんがサトウと一緒にいてあげるの?」
「そうだぜ次郎。オレがサトウと一緒にいてあげてんだ」
白飯をカッ込みながら山田が答え、その隣で妹が義母に、すみません本当は兄が一緒にいてもらってるんですと小声で訂正する。
「イチくんとサトウは、とーっても仲よしだもんね」
それを聞いて、サトウ父が幼児のあどけない瞳を笑顔で覗き込んだ。
「イチくんとサトウは、どんなふうに仲よしなの? 次郎くん」
その問いに息子世代の狭間をビル風のように駆け抜けた緊張を、果たして両親は感じ取っただろうか。
が、そんな緊迫感なんてどこ吹く風の次郎が山田を見て佐藤長男を見て、最後に宙を見上げて何やら思い浮かべるような顔をしたあと、
「あのねぇ、すごく仲よしなの」
と無難な答えに留めて事なきを得たものの、その無難さが大好きなスズキの教えに沿ったものだという事実には誰ひとり思い至る由もなかった。
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