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第54話 続・山田オッサン編【36-6】
メシのあと、山田と佐藤長男の2人はベランダで一服していた。
「俺はな山田、第2の弟を作るためにお前を連れて来たんじゃねぇ」
「第2の弟って何だよ?」
「お前にちょっかい出す身内のことだ」
「遼平さんのことを言ってんなら、ちょっかいなんか出されてねぇよ?」
ちょっと対女子モードなんじゃないかって感じた局面はあったものの、それについて山田は伏せた。まぁそんなの、息子に似過ぎてるせいで起こった錯覚に違いないし。
それに家族も知らない秘密ってヤツも結局聞いてないし、そもそもホントにそんなものがあるのかどうかもわからない。そりゃ、あるなら知りたいけど。
「その遼平さんってのやめてくんねぇか」
「だけど、お前がダメって言うから別の呼び方にしますってのもナンかヘンじゃねぇか?」
「大体、なんでそんなことになったんだよ?」
「なんでっつーか、2人で喋ってるときに俺がなんて呼んでいいか迷って、そんでもう名前しかないねーってなって」
佐藤が咥え煙草の煙に目を眇める。さっきもこの場所で一服しながらこんなツラを見たようなデジャヴを一瞬覚えたが、それは長男じゃなく親父のほうだ。
「お前ら親子って何から何まですげぇ似てるけど、あんまり仲よくねぇのか」
「似過ぎてんだよ。だからイラつくことが多い」
「自分を見てるようでか?」
「──」
「だけどさ、いい人たちで安心した。俺や紫櫻の家庭環境を知ってても何ひとつ言わねぇし。ホントは、もうひとり……上がいるってことも知ってんだろ?」
「あぁ知ってっけど、お前ともお前の妹とも絶縁状態だって言ってあるし、そこらへんは環境の複雑さから適当に納得してるみてぇだから触れねぇよ」
「そっか」
「お前にそういう背景があったって知ったときにはさすがに一応驚いてたけど、もともとそういうことには拘らねぇタイプだしな、2人とも。庶民には関係ねぇ世界にも興味ねぇし」
山田は同居人の声を聞きながら煙を吐き、素直に気持ちを打ち明けた。
「佐藤だらけの中に放り込まれるのは不安だったけど、来て良かったよ」
「そりゃ良かった」
「紫櫻と次郎のことを普通に受け入れてくれてるのも確認できたし、何よりお前の親がいい人たちってのが、とにかく嬉しかった。なんつーか、この人たちの息子だったら間違いねぇだろうなっつーか、おかげでお前を今までよりもっと……」
「──」
「──」
「もっと何だ」
「だから……」
「だから何だよ」
手摺に肘を掛けた同居人が、煙草を挟んだ唇の端で笑みを作って覗き込んでくる。
「ッ……わかるだろ? 言わなくても」
「言わなきゃわかんねぇよ」
「ンなハズねぇ、俺ら以心伝心だよな? ココロが通じ合ってるよな? 俺の考えてることなんかエスパーみてぇに丸わかりだよな佐藤?」
「お前の口から聞きてぇんだよ山田」
「ンなの……」
言い淀んだ山田がふとサッシの向こうに目を遣ると、リビングから佐藤両親と次男、その嫁と幼い息子が揃ってこちらに顔を向けていた。
──なんで見てんだよ全員!?
山田の視線を追った佐藤が舌打ちして、灰皿に灰を落とした。
ガラスの向こうで次郎が手を振り、山田が笑顔を作って振り返す。佐藤次男を除く大人3名はにこやかだったが、うち父親の表情だけは女性陣とは違う色合いに見えるのは気のせいか。
思ったとき、当の佐藤父が立ち上がって近づいて来るのが見えた。
サッシを開けたトーチャンは、長男の眉間の皺は見て見ぬ風情で山田に笑いかけた。
「健二たちが、もうそろそろ帰る準備するみたいだよ」
「あ、もうそんな時間ですか」
尻ポケットのスマホを引っ張り出すと20時を回っていた。帰宅にはざっくり1時間かかる。次郎が眠ってしまうからあまり遅くはなれない。
「今度は泊まりにおいで」
トーチャンの笑顔にハーイと答えてから、ふと同居人の刺すような視線にぶつかって山田は口を閉ざした。
煙草を消して中に入り、山田が佐藤母と話をしてる間に佐藤長男が便所に消え、意図的なタイミングか否か佐藤父が会話に混ざったところでカーチャンが次男夫婦に呼ばれて去った隙に、トーチャンがちょっと身体を屈めて小声で言った。
「次に来たときには教えてあげるよ、例の秘密」
「ホントにあるんすか? そんな秘密」
「あるよ」
「例の交換条件は必要?」
「そのときの気分次第かな。次回はもう、初めてじゃなくなってるかもしれないしね」
「それはないと断言できますけど、初めてじゃなくてもいいじゃないですか」
「初めてをいただくのがいいんだよ」
「──」
どうツッコむべきか迷うと同時に後ろからグイッと腕を引かれ、同居人の低い声が耳を掠めた。
「帰るぞ山田」
遠くなった佐藤父が、やっぱり対女子モードなんじゃないかって思える眼差しを寄越して山田くんまたね、と笑った。
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