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第55話 続・山田オッサン編【36-7】

 弟妹甥っ子と別れて歩き出して間もなく、山田のスマホが着信を告げた。 「あ、遼平さんからだ」  隣で煙草を咥えかけていた佐藤が手を止めて眉間に皺を刻んだ。 「お前、LINEまで交換して来たのかよ?」 「恭子さんともしたぜ?」 「──」 「え? お前だって俺のカーチャンと繋がってんだろ?」 「それとこれとは話が違う」 「え? 何が違うんだよ? お前がオレの親父とは繋がってねぇから?」 「そういう問題じゃねぇし、悪ィけどお前の親父とは繋がりたくねぇ。てかウチの親父は何の用だよ?」 「んーと……遠いところ来てくれてありがとう的な?」 「それだけか」 「あと、楽しかったよまた来てね的な?」 「わざわざ送ることじゃなくねぇか」 「社交辞令だろ? 会ったあとに挨拶送る的な? お前と違ってちゃんとしてんだよ遼平さんは」  目を眇めた佐藤が煙草に火を点けて煙を吐き、言った。 「俺は女には送るけど、親父もそういうタイプだと思うぜ」  その同居人の仏頂面を山田がしげしげと眺め、言った。 「俺はよう佐藤、遼平さんが俺を女扱いしてる風なお前の誤解にツッコめばいいのか? それともお前が女にはンなイイ顔しやがってる事実にツッコめばいいのか? どっちだよ?」 「女のことは過ぎた話じゃねぇか」 「俺はそんなモンもらったことないぜ!?」 「当たり前だろうが、一緒に住んでんのにまた会おうぜ的な連絡なんか入れるわけがねぇ」 「あぁそう、また会おうぜ的なモン送ってたのか佐藤」 「だから過ぎた話だろ?」 「じゃあ俺も過ぎたハナシをしていいのかよ? 怒んねぇんだな?」 「──」  数秒、無言で目を交わしてから佐藤が口を開いた。 「悪かった、過ぎた話はしねぇよ」 「ちなみに俺はまた会おうぜ的なメールなんか入れたコトねーよ」 「知ってる」 「お前だけじゃなくてオンナにもな!」 「過ぎた話はしねぇんだろ?」 「あ、そーだった」 「とにかく、必要以上に親父と仲よくすんな」 「そんなに気になるか? てかさぁ俺なんかと一緒に住んでちゃ人としてダメになるぐらいのこと言われるより全然よくねぇか?」 「そんな心配はしてねぇし」 「佐藤お前さぁ、まさかとは思うけどホントのマジで遼平さんが……」 「──」 「親父っサンがお前とか弟みてぇなカテゴリの興味をだな、俺に持ってるとか本気で疑ってんのか? まさかとは思うけど」  まさかとは思うをさりげなく繰り返して山田は強調した。 「真っ当にカーチャンと結婚何十年だろ? それに、お前らのトーチャンだぜ?」 「そうだよ、俺らの親父だ」  言って煙草を咥えた佐藤は、さりげないどころか噛んで含めるように繰り返して強調した。 「俺やアイツの、親父だぜ?」 「だ──だから?」 「逆に、どうやったら疑わずにいられるんだ?」 「いや、そりゃあ──てかドヤ顔で言うのやめてくんねぇ!」  山田が目を三角にしたが佐藤は意に介さず受け流した。 「それに結婚なら弟だってしてるじゃねぇか。それとこれとは別なんだよ」 「そうだけどさぁ、でも面白がってるだけだと思うぜ? 女をとっかえ引っかえしてたって1人も紹介したことねぇような息子が」  咥え煙草の佐藤が顔を顰めたが山田は意に介さず続けた。 「10年以上も野郎と同居した挙句にソイツを連れて来たんだからよ、そりゃあトーチャンカーチャンは興味津々になるに決まってんじゃん? お前が買い物行ってる間俺はさぁ、このトーチャンは長男と俺の仲を怪しんでんじゃねぇかって戦々恐々としてたんだからな? ひとりで戦ってたんだからな? 俺は」 「そのわりにはずいぶん楽しそうに見えたけどな」 「マジで? 目の穴かっぽじってよく見やがれよ」 「目の穴かっぽじったら見えなくなるだろうが。それにお前、酔っ払ったら口が滑っちまうかもしんねぇとか思わなかったのか?」 「ナニ言ってんの? 俺は鉄壁のガードだぜ? ウチと違ってマトモなご両親と対決しに行ったんだから緊張でちっとも酔えねぇっての。あ、何その目? 酔っ払ってなんかいなかったよな俺? なのにお前ときたら、のんきに自分のトーチャンまで目の敵にしてやがるんだからよう。そんなに心配することかよ?」  すると佐藤は通りかかった煙草屋の軒先の灰皿に煙草を捨て、山田にじっと目を据えてきた。 「なぁ山田。なんで俺と弟の名前がダセェか、お前わかるか?」 「は? いや全然」 「息子たちへの対抗意識だよ、親父の。よくいるだろ? 子供に嫁を盗られるとか思って嫉妬するダンナ。それが息子なら余計に」 「──え? 遼平さ……」  言いかけて佐藤の目とぶつかり、改める。 「親父っサンがぁ?」 「まぁ別に深刻なレベルの話じゃねぇし、小学生んなって勝手にどこでも遊びに行くようになったら関係なくなったけどな、そんなの。ただ俺らの名前は親父の心理の顕れなんだよ、息子なんか要らねぇってな」  煙草屋の前を離れて歩き出した佐藤に、山田が並ぶ。 「考え過ぎじゃねぇのかよ? そりゃあ俺は今日初めて会ったばっかだからわかんねぇし、確かにあのカーチャンだったら独り占めしてぇって思ってもしょうがねーのかもしんねぇけどさぁ? 全然そんな風には見えなかったぜ?」 「言ったじゃねぇか、アレは猫被ってんだって。てか今はそこまでじゃねぇけど、俺が小せぇ頃は結構その手の典型みてぇな親父だったんだぜ」 「お前にも小さい頃があったんだな佐藤」 「お前が気になるのはそこか?」 「いや……」 「気になりついでに教えてやる。ガキの頃、親父はいっつも俺のオヤツを取って食いやがってよ」 「は? オヤツ?」

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