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第56話 続・山田オッサン編【36-8】#

 同居人を見上げた山田は、オヤツなどという単語があまりにも似つかわしくない横顔に思わず繰り返した。 「オヤツ?」 「そうオヤツ。弟のじゃなく必ず俺のな。どんなに隠したってお見通しで、油断した隙に食ってやがってよ。母親に言いつけても自分じゃねぇって言い張るんだよ、毎度毎度」 「なぁ佐藤、俺はそのネタのどっからツッコめばいいんだ?」 「別にツッコむ必要なんかねぇよ」 「でもツッコみてぇトコが満載なんだけど」 「いちいちうるせぇヤツだな。お前がお気に入りのアイツは息子に対抗意識燃やしてダセェ名前付けてオヤツを横取りするような親父だってことを教えてやってんじゃねぇか、コロッと騙されねぇようにな」 「オヤツな」 「あぁ?」 「いや……。けどさぁ、それでもキライじゃねぇから俺を会わせたんだろ?」  両手をポケットに突っ込んで歩きながら山田は言った。南のほうに台風が近づいてるせいなのか、湿った空気が肌にまとわりつくように感じられる。 「嫌うほどじゃねぇけど好きにはなれねぇ、そういう相性だからしょうがねぇな。お前を会わせたのは前にも言ったように、何かあったときのための保険みてぇなつもりだったけど正直失敗だった」 「お前まさか、俺をオヤツと同レベルで考えてんじゃねぇよな佐藤?」 「俺じゃなくて親父が、お前をオヤツと同レベルで見てんだよ」 「ソレはお前、先入観による思い込みってヤツだろ? いくら何でも。大体何だよ? 俺がオヤツだとして、お前から奪って食うってのか? 遼平さんが」 「──」 「親父っサンが」 「まさか食うつもりはねぇと思いてぇけどな」 「ねぇよ。ねぇだろ、いくら何でも」  言いながら脳内に蘇った対女子モード的トーチャンを、山田は頭から追い払った。 「繰り返すようだけど真っ当にカーチャンと結婚何十年だぜ?」 「こっちこそ繰り返すようだけど、俺や弟の親父だぜ?」 「ンな、いくら俺の魅力をもってしてもな? 親子3人揃って引き寄せねぇよ。それも野郎ばっかり」  すると佐藤は、どこか小馬鹿にするような目を寄越して鼻で嗤った。 「何、謙遜してんだ? 磁石なんだろ? お前の意思に関わらず、老若男女犬猫誰彼構わず吸い寄せちまうんだよな? 衛星も制御するぐれェの強力な磁力でよ」 「よく憶えてんな佐藤」 「それとも何だ、お前の磁力も親父には効かねぇ程度ってことか?」  そんなことはねぇぜ! とも、そうさ俺の磁力なんて所詮その程度だぜ、とも言えずに山田がジレンマで沈黙すると、まぁとにかく……と見透かした声で佐藤が言った。 「お前が自分の磁力に自信があろうがなかろうが、必要以上に親父には近づくな。泊まりで来いとか言ってやがったけど、もちろんあり得ねぇからな」 「お前と一緒なら問題なくねぇ?」 「お前は何だ、そんなに親父に会いてぇのかよ?」 「いや別に、そういうワケじゃねぇんだけど……。てかさぁ、訊いていいか」 「何だよ」 「なんでお前のオヤツだけ? 弟のは?」 「弟はツラ以外は親父と似てねぇから対抗心を刺激しねぇんだよ。そもそもアイツが産まれた頃には親父もだいぶ落ち着いてたしな。だから名前も俺よりはマシだろ」 「そうかぁ? ヒロシもケンジも変わんなくねぇ?」  山田が言った途端、佐藤が口を閉ざしてじっと目を寄越した。 「何だって? もっかい言ってみろ」 「だから、ヒロシもケンジも変わんなくね……え?」  知らず足を止めた山田の横で、佐藤が唇を斜めにして笑った。 「お前が俺の名前を言ったのって初めてじゃねぇか?」 「あれ、え? オレ言った?」 「言ったよな、今。2回も」 「え? や、だって2回目はお前が言えって」 「遠慮なく何度でも言っていいんだぜ?」  覗き込んでくる同居人を押しやって、山田は再び歩き出した。 「なぁおい、俺に向かって呼んでみろよ」 「呼ばねぇ」 「照れてんのか?」 「てかお前っ、アレだろ! 家に女を連れてかなかった理由? オヤツみてぇに親父に盗られると思ってたからなんだろ?」 「何、話逸らしてんだ?」 「別に逸らしてねーし、どうなんだよ? アタリだろ!」 「残念、違うな」 「じゃあ何だよ」 「親に紹介するような相手だって勘違いされたら困るからじゃねぇか、親にも女にも」 「お前はやっぱロクでもねぇ野郎だよ佐藤」 「そのロクでもねぇ野郎が好きなんだろうが?」 「──」 「まぁ勘違いされてもいいヤツを連れてったって、困ったことになったけどな結局」 「──」  佐藤の声を聞きながら、山田は前方に見えてきた角を見るともなく眺めた。あの角を曲がれば、2人の住むマンションが見えてくる。  佐藤父に所望された『初めて』が突然消えてなくなったなぁとか、家族も知らない秘密とやらが実在するならモチロン知りたいけど、そんな取引を佐藤が知ったら怒るだろうなぁとか、ついさっきまで頭の中にあった諸々は、家がすぐそこだという現実を目の前にした途端さっさと隅っこのほうに引っ込んだ。  今日の実家行きに関しては、同居人はいろいろ不満があるようだけど山田的には面白かったし行って良かったと思う。でも。  やっと2人になれる安堵は、やっぱり何ものにも代え難い。 「とりあえずまぁ親父っサンのコトは置いといてさぁ」  山田は言って、両手をポケットに突っ込んだまま隣のロクでもない野郎に肩をぶつけた。 「早く帰ろうぜ? なぁ」

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